前回チャンピオンの王励勤に、世界ランキング6位のオーストリアのシュラガーが挑んだ一戦は、この日の屈指の好試合でした。1セット目をあっさり奪われたシュラガーは、2セット目は短く低いループドライブでチャンスをつくり、バックハンドの直線的な強打で決めるという戦術に変え、1-1のタイに戻しました。すると、3セット目は王励勤が、シュラガーのループドライブをカウンターで狙い打つ作戦に切り換えました。ドライブをかけさせるのは勇気のいる戦術ですが、王励勤は弱気にならずに振り抜くんだという意志を貫き通し、再び2-1とリード。
それが4セット目にも生きました。積極的に回り込み、たたみかけるような連打を仕掛けます。シュラガーもフォアサイドへのカウンタードライブで応戦するのですが、王励勤はそこを抜かれたら仕方ないと割り切り、躊躇なく回り込むので、攻撃に段違いの迫力があるのです。7-1のリードからジュースに持ち込まれたものの、一貫して攻めの姿勢を崩さなかった王励勤がこのセットも制しました。これで3-1。このセットに勝負をかけタイムアウトをとった、ベンチの蔡総監督も満足そうな表情です。勝負は決まった──と思いました。

パリの観客はウェーブを始め、その波が場内をぐるりと3周しました。興奮の余韻が冷めやらぬまま始まった最終セットは、シュラガーが1点あげるごとに会場から大声援があがります。中盤でシュラガーが連続ポイントをすると、声援と拍手の「切れ目」がなくなり、それに乗じてシュラガーの動きも生き生きとするように思えます。もはや流れを止められるものはなく、舞台はシュラガーを主人公として展開し、そのままエンディングを迎えたのです。

ペンホルダーの馬琳はループドライブを主体に小技をからめて崩しにかかりますが、カットを一発でぶち抜くようなボールがないため、ランキングほどには差がつかず、どのセットもつかず離れずの競り合いとなりました。それより僕が気になったのは、馬琳の落ち着きのなさです。1点奪われるごとに、うつろな目でうろうろと歩き回ったり、中国チームのほうに視線をやったり、汗なのか癖なのか、台をしきりに触ったりします。一言でいえば、風格が感じられないのです。王励勤や孔令輝との違いがそこにあります。僕は馬琳に小さな苛立ちのようなものを感じていることに気づき、驚いていました。
その「思い」が通じたわけでもないのでしょうが、結局、朱世赫が堅牢なバックカットと、攻撃型を上回るようなフォアドライブを織り交ぜ、最後まで馬琳にプレッシャーを与え、シュラガーに続いて中国の優勝候補を沈めました。これで男子シングルスのベスト4に残った中国選手は、孔令輝ただ1人となったのです。
<連載記事>「パリからの手紙 第7便」