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「ジョシュ君のこと」番外編:「シュルトK-1戴冠に思う“ウサギとカメ”の構図」(2)(3ページ目)

プロ10年目にしてついにK-1GP制覇を成し遂げた格闘技界の放浪者セーム・シュルト。かつてそのセームを踏み台にスターダムにのし上がったジョシュ・バーネットは低迷中。対照的な二人の交錯の構図。

執筆者:井田 英登


ご存知の方も多いと思うが、アメリカでは健康保険がバカ高い事もあって、多くの人が医者にはいかずに売薬で病気を治そうとしてしまう傾向がある。また90年代以降サプリメント摂取が爆発的ブームになったこともあって、町中に日本で言うところのマツモトキヨシ(アメリカでは「デュアン・リード」)のような“お手軽薬局”が乱立したため、睡眠導入薬や脂肪燃焼薬の類い、果ては問題の筋肉増強剤までが、安く買えてしまうという状況にあったのである。

元々オタク傾向の強いジョシュのこと、この手の薬物にも結構ハマって色々研究したに違いない。カタログ性のある商品に興味を引かれると、端から端まで研究しないと気が済まないのが、彼らオタクの性だからだ。いろいろと試行錯誤しながら、効能や禁止薬物規定などを研究し、そして自分の身体を実験台に、最適のサプリメントを探して行ったに違いない。

だが、考えてみてもいただきたい。130キロ前後あったアスリートの体重が一年もしない間に10キロも15キロも減り、別人のように筋肉質にシェイプされていったのだから、誰でもその異変には気づく。ましてぽちゃぽちゃの力士体型で、腹の贅肉がパンツラインで波を打っていたような男の腹が、あっという間に絞られていったら、そのダイエット法には興味が湧こうというものだ。

元々スポーツに縁がなかった人間がトレーニングを始めたからというならまだしも、ジョシュにはハイスクール時代からのフットボールのキャリアもあり、昨日今日スポーツを始めましたという選手ではないのだ。柔らかい遅筋系の肉質はむしろ体質と言うべきで、筋肉にくっきりとカットが入る速筋系の体質では明らかにない。彼自身会った当初「太ってるのはトレーニングをしてないせいじゃない、僕はベイビーファット(脂肪細胞)が多いんだ」と言っていたのを思い出す。

だが、チャンピオンへの階段を一気に駆け抜けていた時期のジョシュは、まさにそんな怪物的な肉体的変化を、ある種必然と感じさせるほど“勢い”があったのも事実だ。みるみる強く、そしてシェイプされていく彼を見て、一般のファンは「さぞかしスゴい練習量をこなしたんだろうな」という感想を持つだろう。

しかし、プロの見る目は違う。
「アイツ、“何か”使ってないか?」
当然、その“何か”という言葉には、揶揄的な陰微なニュアンスが込められる。

表皮に発疹を探し、頭髪の減少、試合中の異常な発汗、急激なスタミナダウン…そんな“兆候”を“アイツ”の身体の隅々に探すのである。--アナボリックステロイド(筋肉増強剤/蛋白作用増加剤)の影を、だ。

「アナボリック」を日本語に訳すと「同化」という意味になる。通常、筋肉を付けるには、激しいトレーニングで超破壊を繰り返しながら、食事で体内に取込んだタンパク質をホルモンで「同化」し、薄皮を重ねるように筋肉に変えて行くしかない。だが、その過程を薬剤の助けで加速し、一気に膨大な時間と労力を飛び越してしまおうと言うのが、アナボリック・ステロイド剤の役割なのである。

だが、無論近道には落とし穴もつき物である。
心臓疾患や男性機能の低下、脱毛に骨粗鬆症、心理的にも興奮しやすくなり、めまい、疲労、頭痛、発熱を繰り返すようになる。長期使用していると、肝臓障害、動脈硬化、白内障、緑内障といった重篤な障害まで抱え込むハメになる。

オリンピックを始め多くのスポーツコンテストで入賞する選手の中に、このステロイド剤使用者が目立ち始めたため、1970年代後半から使用禁止薬剤に指定され、ドーピングテストの対象になるようになった。

本来、競技者とは、己の可能性を試すためにスポーツを志すものだが、中にはその本道を踏み外して、結果至上主義の冥府魔道に迷い込んでしまう者が出る。特に一つの勝敗が人生を左右しかねないトップアスリートほど、その誘惑に抗えないものなのかもしれない。

オリンピック委員会を始め各種競技会では、「アンチドーピング」を提唱し、興奮剤やアンフェタミン型覚せい剤、そしてステロイド剤など、運動機能アップに作用するあらゆる薬剤の排除を打ち出し、厳しい検査を課しているが、それでもその検査の網をくぐり抜けて、新しい機能性薬剤が編み出されているのが現状である。

格闘技界は特にプロ中心主義で発達して来た事も手伝って、きちんとした競技運営組織が存在しない。そのためドーピング検査も甘く、選手は“勝てば官軍”で薬剤濫用が横行してしまっている。

ただ、2002年当時のUFCは事情が違った。
丁度、運営主体がテレビイベント会社のSEGから、ラスベガスのカジノオーナー・ロレンツォ・ファティータ氏率いるZuffa社に移管。ホームグラウンドもラスベガスに移動したばかり。

ネバダ州スポーツコミッションの一員としてボクシング興行の世界を知悉したファティータ氏は、UFCを賭けの対象にも出来るように、ボクシングと同じメジャースポーツの基準で、ドーピング検査も義務づけるようにしたのである。

急激な減量や体脂肪の減少はまさに、アナボリック・ステロイド使用者の顕著な特徴である。一年で15キロ体重を減らしたジョシュには、当然目が付けられ、王座獲得の直後に尿検査が求められた。結果はクロと出たが、ジョシュ自身には、全くステロイド使用の自覚が無い。両者の主張は激しく対立し、そしてジョシュは王座剥奪の末、UFCを追われたのだった。
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