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元Jリーガー矢野マイケル・どん底からの挑戦 「ある敗者復活戦(上)」

K-1ファイターを目指す元Jリーガー矢野マイケルが、今話題だ。しかしその華やかな話題性の裏に秘められた、再生への思いを知る人は少ない…

執筆者:井田 英登

“元J”を巡る騒動


6月11日、毎日>読売といった普段格闘技系のニュースは掲載しない大手新聞系ネットニュースが、ある格闘技選手のプロデビューをニュースとして配信した。焦点となったのは、格闘技歴わずか半年のアマチュア選手。

戦歴6勝2敗。決して内容的にも超新星登場と呼ぶべき選手ではない。正直、過剰報道以外のなにものでもない過熱ぶりだが、その秘密は彼の前歴にある。

リンク先の記事を御覧頂ければわかる通り、矢野マイケルは元プロサッカーJリーガーなのである。当然現在の格闘技ブームを象徴するような“事件”でもあり、社会的な話題になるのはわからなくはない。すでに総合格闘技の世界では、柔道や相撲などメジャースポーツからの転向者が相次いでおり、その傾向についてはAAJでのコラムでも「カップソーサー症候群」と名付けて紹介して来たとおり。世間的にいえば「ついにJリーグからも出たか」といったところであろう。

格闘技はこれまでマイナージャンルであったこともあって、野球やサッカーのように少年層から高い資質を持ったアスリートの競争が繰り返され、その頂点にプロが立つような構造を持っていない。身もふたもないことを言ってしまえば、トップアスリートはほとんど居ないと言ってもいい。近年の格闘技ブームのおかげで、ようやく小川や吉田のようなオリンピックのメダリストクラスの選手が参加するようになり、その水準が引き上げられた状況である。しかし、その彼等にしても格闘技に転向してきたのは、とっくに競技的ピークを過ぎてからの話。

今回の話題の主人公である、矢野マイケルのように25歳という現役年代での転向は例外中の例外と言ってもいいだろう。ましてマイケルは母方がガーナ人のハーフということもあって、身体能力は非常に高い。100メートル10秒83、110センチを超えるジャンプ能力は、いずれもJリーグトップクラスだったという。

ただ、それは身体能力に限った話であり、サッカーが蹴りを主体にする競技であるから、同じ蹴りを使うキックボクシングでも容易に活躍できるだろうと考えるのは早計な話だ。サッカーの蹴りは主にボールコントロールを主体とする繊細なタッチが要求される技術である。一方、キックの蹴りは対戦相手の肉体を如何にに効率よく破壊するかを主目においている。軸足の置きかた一つにしても、走りながら様々なシチュエーションでボールを蹴るサッカーと、かかとを上げてコンパスのようにくるりと体ごと回転させるキックの蹴りは、原理からして違う。当然使う筋肉も違う。まして集団で90分フィールドを走り続ける競技と、リングの中二人きり3分3Rで殴り合う競技ではゲームメイクもスタミナもちがう。あくまでマイケルは、有望ではあるがプロ初戦のルーキーと考えるべき存在なのである。

僕は今回の過熱報道のトップを切る形で現在発売中の「Number」誌にレポートを書いた人間であり、“マイケル幻想”に水をかける立場ではないのだが、その直後にIKUSAの出したたった一枚の参戦プレスリリースで、一気に爆発した形の今回の報道には若干首を傾げざるを得ない。(実際、各種の記事を御覧頂ければわかるように、全ての記事はIKUSAの出したリリースの引き写しでしかない。)当然、ファンはそんな裏の事情は関係ない。これだけの媒体がこぞって取り上げるマイケルの存在に注目し、すぐにでも魔裟斗と雌雄を決するのではないか、ぐらいの期待を抱いてしまうのではないかという危惧を感じる。一般誌だけならともかく、専門誌すらまったく直接取材をせずに調子のいい美辞麗句で記事を仕上げていたことは、この業界の悪い体質を垣間みたような気がしてならない。
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