■曙暴走の心理的背景■
またもやK-1のリングでルール違反の暴走ファイトが起きてしまった。
3月27日に行われたさいたまスーパーアリーナ大会は、フジテレビの主催のいわば「World GPシリーズ」の今シリーズ開幕戦にあたる。この大会のメインに起用されたのは、年末の「Dynamite!!」でデビューしたばかりの大相撲元横綱の曙と武蔵のスペシャルマッチだった。本来、K-1二戦目で黒星デビューの曙が、World GP準優勝者の武蔵とメインで戦うというのは、競技的整合性から言えばありえない話である。しかし、曙の知名度は抜群であり、大晦日の視聴率競争で43.0パーセントという化けモノじみた数字をたたき出した実績は圧倒的だ。まして、複数局で中継展開を行っているK-1にすれば、年末のTBSでの数字のおすそ分けを各局に施す意味合いもあるだろう。
だが、「Dynamite!!」での曙の戦いぶりはお世辞にも褒められたものではなかった。第二戦ともなれば、多少の進化も見せる必要が出てくる。だがキック修行半年のルーキーに何が出来よう? またもや近年のK-1の慢性的課題である「興行(もしくは視聴率)と競技の相克」という問題が顔を出すことになってしまった。
折衷案としてひねり出されたのが、大相撲の技術である張り手(=オープンハンドパンチ)、ぶちかまし、かち上げ、のど輪などを解禁するという変則ルールあった。本来、グローブを嵌めた手でのオープンハンド攻撃は、K-1では禁止事項である。しかし、そのグローブ技術のない曙に“様になる試合” をさせようとするなら、こうした相撲技を使わせるしかない。ただ、実際のところ通常のグローブでこれらの技が有効に作用するわけも無い。どうせならグローブを外すか、せめてオープンフィンガーグローブを使わせるかすればいいのだが、そうなると異種格闘技戦の趣が強くなって、通常のK-1の枠内で行うには飛躍がすぎる。
結局、折衷の折衷という極めて中途半端な形で決まったルールなのであろう。
対戦相手の武蔵がよくこんな試合を受けたなと思うが、プロ意識の欠如を普段から手厳しく言われる武蔵にすれば、断ったら断ったでまた小姑のように揶揄する声が背中に刺さることだろう。不利な条件でやる分には、World GP準優勝の看板に傷は付かないし、注目度抜群の曙を“食う”としたら今しかないという計算もあったとは思う。
ただこのカードは、通常の競技的に言えば設定が無茶苦茶である。体重100キロの武蔵が210キロの曙。体重差は110キロもあるのだ。
丁度、「Dynamite!!」での須藤元気とバター・ビーンとの体重差に匹敵するわけだ。あの試合があくまで“お祭り的意味合い”を含んでのマッチメイクであったのに対して、こちらは競技性を軸に展開していくはずのWorld GPシリーズの一戦である。これまで100キロ前後の選手なら誰でも対象となってきたとは言え、これでは真っ当な競技として成立するわけも無い。まして軽い方に何らかのアドバンテージポイントを与えるというならともかく、重い側の曙に有利なルール設定というのは、競技的に公平とはとてもいえない設定ではないか。
いくら武蔵が“胸を貸す”立場でも、これだけ外堀が埋められてしまうと、相当危険な状況が考えられる。試合前、リップサービスでKO宣言などしてみたものの、やはり横綱を張った人間の圧倒的身体能力も考え合わせれば、一太刀や二太刀は浴びせられることを覚悟せねばならない。試合前の緊張した表情は、どう見ても“ゲームを楽しむ”と言った風情ではなかった。
一方、曙も曙なりに、相当追い詰められた精神状態にあったのは間違えない。
昨年秋にK-1参戦が発表されるや否や、借金問題や高砂部屋での親方との確執などを暴き立てられた末に、「Dynamite!!」での負けっぷりを含めて“金目当ての投機的な参戦”でしかないと散々揶揄され続けた立場である。確かに高額のギャランティは支払われているし、“仕事”と割り切るなら、客寄せの負け犬でも十分の立場ではある。しかし、大相撲での輝かしい栄光を経験した人間が、そんな境遇で我慢できるわけが無い。まして、リアルファイトの舞台で連敗し続ければ、そんな“貯金”はすぐ底を突く。
世間の冷たい視線を跳ね返すためにも、是が非でも結果を出さねばならない状況なのだ。
この試合に臨んだ、曙の目付きが真剣を通り越して、凶暴そのものに変わっていたのには、そういった背景が大きく作用していたに違いない。かくて、臨海状況に置かれた曙は反則暴走に走ってしまったのである。