だが、今回のボタ獲得の流れは、決してタイソン獲得が打ち上げ花火には終わりそうにないということを指し示している。国内のプロレス融合路線が、当初の思惑以上にファンの反発を招き、また総合転向を期にスターとなったミルコが実質上K-1戦線を離脱したという危機感も手伝ったとは思うが、一気にK-1全体の方針は、ボクシング界との交流へと傾いた。K-1が、館長の脱税容疑による逮捕というスキャンダルから、スポンサー離れ、そしてTV局離れを呼び、今後の運営が危ぶまれ始めていたということも、“抜本的改革”を加速させる要素になったようだ。
結果として谷川プロデューサーを軸とする新会社「FEG(ファイティング・エンターテイメント・グループ)」が発足。旧主催会社(株)ケイ・ワンから独占的に運営権を獲得するという形となり、谷川氏はこれまでより自由な立場でK-1の運営方針をデザインしていくことが可能になったからだ。
当然、プラス要素、マイナス要素は両方ある。
マイナス要素を先に言ってしまえば、まずこの「FEG」がどこまで、旧体制から独立したものか、まだ不鮮明であること。事務所も(株)ケイ・ワンと全く同じ場所であり、運営スタッフの大半がそのまま地すべり的に移行するという今回の体制変更に、どれだけの実効性があるか。確かに谷川氏は元ジャーナリストであり、情勢を読む能力に長けた人物であるだけに、今回のボクシング界との交流を大きなビジネスチャンスと見ているのはあきらかだ。ただ周りがどれだけ彼にその“新規事業“を許すか、それが勝負の分かれ目になるだろう。
ただ相対するプラス要素も小さくはない。世界の格闘技市場では圧倒的な占有率をボクシング界が占めており、これませその市場をK-1に対して完全にシャットアウトしてきたことは先にも書いた。だが、今回ボクシング界侵攻の急先鋒となるボタの軍師についた人物が、かつてローカル・ボクサーであったマイケル・ベルナルドをK-1参戦させ、キックボクサーとしての道を開いた名伯楽スティーブ・カラコダ氏であること。これは思いのほか大きい。ボタはかつてボクサーとしての絶頂期にK-1で活躍するベルナルドを公然とTV番組で批判し、それを期にベルナルドはボクシングシーンに復帰、自らの名誉のためにボタ、そしてタイソン打破を志したという過去がある。
実際WBF王座を獲得するまでにベルナルドをバックアップし、可能なら南アフリカでのボタ戦も実現に持っていこうとしていたのが、このカラコダ氏なのだ。まして、そのベルナルドが自らの手を離れたあと、因縁のボタを獲得し逆に自らの手でK-1ファイターに仕立て直そうとしているカラコダ氏の動きは、結構無視できない。多少構図は違うが、かの名作野球漫画「巨人の星」で自らの子星飛雄馬に対抗させるために、親友の伴忠太をライバルチームの中日に引き抜いて、因縁の対決を演出した野球の鬼・星一徹をも髣髴とさせる執念ではないか。いずれ彼は自分に背を向けたベルナルドをボタによって叩き潰し、返す刃で自分たちに屈辱的な思いをさせたボクシング界にも復讐をしようとしているのではないかと、僕個人は少し勝手な妄想交じりでこの構図を見ていたりする。
まして今回ボタの相手に抜擢されたバンナもまた、アメリカボクシングビジネスには苦い思いをさせられた選手である。K-1を一回は離脱し、ドン・キングプロモートのもと、ボクサーとしてのキャリアを歩もうとしたが、結局思うように試合は組まれず、子供のミルク代にも事欠くような窮乏状態に陥って、再度K-1に舞い戻った経験を持つバンナのこと。かつてのトップランカーであるボタに対しては、並々ならぬ執念を持って戦うことにあるであろう。無論ボクサーとしての対戦であれば、実績、キャリアからすればボタの優勢は否めない。スタミナ、技術的精度どれをとっても、バンナがパンチだけで勝負してボタを上回る可能性は低い。だがキックという未知の飛び道具を持ち、ボクシングより短距離走的なスタイルで戦うK-1のリングでは、この比較が意味を成すかどうかは、まだ誰にもわからないのである。
あくまで仮定ではあるが、この注目の一戦を軸にアメリカ市場でのK-1への関心が高まり、PPVなどのビジネスが活性化した場合、タイソン出陣の追い風は強くなる。衰えたとはいえポップアイコンとして、一時代を風靡したタイソンが実際にKのリングに立つことがあれば、競技としてイベントとして一度は地に落ちた感のあったK-1が、一気に再び時代のトップランナーに返り咲く可能性は高い。格闘技ファンとしては、アメリカのトップビジネスに正面からスポーツとして牙をむく「挑戦者」としてのK-1なら、圧倒的に支持したい。またそうあってほしいと祈らずにはいられない。
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