こんな試合をする選手が日本にはもう一人、居ないではない。
御存知“東洋の神秘”ヤノタクこと矢野卓見だ。この人に関しては説明は不要だろう。日本を代表する武道、骨法の奥義を茶化して闘う“エセ骨法”の第一人者。脱力系格闘家のパイオニアでもある。梅木にすれば、偉大なる先達であり、憧れの人だ…とかいう噂もあったが、本当かどうかは知らない。口先だけかもしれないし…。とにかく、ぐにゃぐにゃと熱気の無い動きで相手を受け流して、のらくら試合時間を逃げ切る“芸風”では、この二人は良く似ているわけだ。少なくとも僕らにはそう見える。殺気満々の対戦相手に、がんがんローキックを入れられて右へ左へと吹き飛ばされる姿は、確かに親子のようでもあるし、似ててもどうなのよと言いたくなるような姿なのではあるが。
この二人で試合をやらせてみようと考えた人間も、相当マニアだ。
zstという団体がそんなケシカラヌカードを組んだのだが、まあ通常の神経ではあまり思い付かないというか、誰に責任をとらせる気だったんだろう。普通第一試合と言えば、イガグリ頭の新人が、技三つしか使っちゃいけないとか言われてガンガン殴り合って、気迫を見せろとかいうのがこの国のジョーシキなのだが。この二人を戦わせて、客席がヒートアップするとおもったら、かなり見当違いである。爆笑ならわかるが…少なくとも気迫は皆無だしね。
案の定、この二人ときたら、試合が始まってもたっぷり一分はいや、二分かな。とにかくまるで組み合おうともしない。お互いに変な盆踊りでも踊るみたいに、距離をとってリングでお見合いしながらぐるぐる。
矢野はそれでもまだ大人だから、いつまでも意地の張りあいばかりはしていない。年の功だ。スライディングで滑り込んで足関節を取りに行ったり、相手の頭を足で挟んじゃう必殺技の「センタクバサミ」とかを使ってみたりもする。でも最後まできっちり決めちゃうほどの根気はない。脱力系だからさ。「レフェリーが動け動けっていうから、老骨に鞭うって動きましたよ」とか言ってたりする。ごろごろ絡んでる間に、梅木がどういうわけか十字を取ってしまって、うっかり試合が終わっちゃうんじゃないかって心配もしたんだけど、そこは梅木だから。「十字?取るつもりなかったです。やる気あんまり無いっすから」って。うーん、やっぱり格闘技じゃないのか? ダンス?
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