日本人選手はどうだったのか?
ここで、本記事PART1の冒頭で引用した小説『夜光虫』の話を思い起こしてもらおう。この小説においては、主人公の日本人が八百長に堕ちていく様が描写されている。果たして台湾に渡った日本人選手は、実際どうだったのかという話だ。
結論から述べると、私の取材経験からは日本人選手はほぼシロだったのではないかと考えている。ご承知の通り、台湾プロ野球における日本人は外国人選手枠だ。台湾での外国人選手の扱いは、給料は月給制で、結果が出なければ即解雇というのが普通だ。
そんな中、旧1リーグ時代の大物外国人選手はかなりクロの疑いが濃厚な選手がいた。多くはドミニカなど中南米ラテン系選手が中心で、給料は日本に来るプレーヤーよりもはるかに安い。そこで、長く台湾にいるラテン系助っ人バッターを中心として、「一試合で稼げる」方法が広まっていったのだ。
対して日本人で活躍した選手の多くはピッチャーであり、また野球賭博・八百長の最盛期である時期に所属した選手は少ない。大物選手はある程度の給料が保証されており、また日本に帰ればコーチなどの口がある選手もいた。そんな中であえて八百長というリスクを犯す必要はなかったのではないかと思われるのである。
しかし、台湾プロ野球に八百長があることを知り、それを眼前にしていた日本人選手やコーチ・監督等は結構いただろう。PART2で述べたある日本人元監督もその一人である。監督であるから結果第一が要求され、「胴元」次第で結果がどう転ぶかわからない八百長には手を出せないし、自ら試合に出るわけでもないので、試合のコントロールもできない。
選手やコーチ・監督に何らかの誘惑があったことは想像に難くないが、それでもやはり「外様」扱いの日本人は「カヤの外」だったというのが実際のところだろう。