日本がW杯初出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」
日本を初めてのW杯に導いた岡田武史。いま再び日本代表監督の座に戻り、最終予選を戦っている |
日本は、アジア最終予選、韓国、UAE、ウズベキスタン、カザフスタンと同じB組。調子の出ない日本代表は途中で加茂周監督に代わり、ヘッドコーチであった岡田武史が監督に就任。どうにか日本はB組2位となり、最終予選A組2位のイラクとの第3代表決定戦への出場権を手に入れた。
1997年11月16日、当初はUAEで開かれる予定であった試合であったが、日本協会の反対があり、マレーシアでイランと戦うことになった。日本は39分に中山雅之のゴールで先制するが、後半早々にアジジに決められ、59分にもアリ・ダエイに逆転ゴールを許し1-2。だが、86分に途中出場の城がヘディングでゴールを決めて2-2に追いつき、延長戦に突入した。
当時延長戦はゴールデンゴール方式であった。岡田監督は「野人」こと岡野雅行を投入。延長後半残り1分、中田英寿がミドルシュートを放ち、そのこぼれ球を岡野がスライディングで押し込み、ゲームセット。
日本が悲願のW杯出場権を得た試合は「ジョホールバルの歓喜」としてファンに記憶されているだろう。日本が世界への扉をこじ開けた試合として――。
世界各地では、今リーグ戦だけでなく、2010年W杯南アフリカ大会の予選も行われている。これからもサッカーは人々の心に残るドラマを作ることだろう。
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