実況が語り継ぐサッカー史「4年前のあの日が昨日のことのようです」

「振り返らずに歩く道です。スタンドの波打つ音が聞こえてきます……。芝の匂いがしてきます。そこに広がるのは、私たちの20世紀を締めくくる戦場です。リヨン、ジェルラン競技場。日本はここで終るのではありません。自分たちの明日に、私たちの2002年につなぐ90分間にしなければなりません。ワールドカップ第3戦、日本対ジャマイカ。勝つために戦います」(1998年6月26日、W杯フランス大会1次リーグ第3戦・日本対ジャマイカ)

“ドーハの悲劇”から4年、紆余曲折はあったが、日本はマレーシア“ジョホールバルの歓喜”でW杯フランス大会出場を決めた。結局3戦全敗で終わったが、最終のジャマイカ戦で中山雅史が日本のW杯初ゴールを挙げ、その歴史をまた一つ作った。

そして、「4年前のあの日が昨日のことのようです。1400日をまたいで、かすかな負い目と、それを上回る自信を私たちは胸に秘めてきました。今ここに再び立ち上がる時がやってきました。

……信じています。青いユニフォームを身にまとったあなた方を信じています。サッカーに思いを捧げてきた私たちは、心の中で今、日本代表と一つになっています……」

日本の2度目のW杯挑戦は、ホーム、つまり2002年の日韓大会だった。初戦のベルギーとは引き分けたが勝ち点1を取り、続くロシア、チュニジアを破って決勝トーナメント進出と躍進した。

横浜で行われた決勝は、ブラジルとドイツの対戦だった。

「ワールドカップが始まって72年目にして、この対決の、勝負の幕が落ちようとしています。」

長い歴史の中で、実はこの南北の強豪がW杯で初めて相まみえた瞬間でもあった。結果は2-0でブラジルが優勝したが、勝者よりも敗者・ドイツの守護神カーンの姿が印象に残った試合だった。

サッカーの歴史を語り継ぐ珠玉の言葉

クラブチーム世界一を決める、FIFAクラブ・ワールドカップ。12月9日に行われた、国立競技場でのパチューカ(メキシコ)対エトワール・サヘル(チュニジア)の試合をスタンドから見つめる山本氏の姿があった。 

実に多くのサッカーを実況してきた山本氏の言葉は、世界の、日本のサッカーの歴史を語り継ぐ役割を持っているのかもしれない。

現在はアナウンサーとしてではなく、解説委員としての仕事を務める山本氏。昨年2006年ドイツW杯でも実況ではなく現地取材レポートをされていた。来年は北京オリンピック。そして、2010年のW杯南アフリカ大会の予選も始まる。今後も、さまざまな形でサッカーの興奮と感動を鮮やかな描写で伝えていって下さることを願っている。



<参考資料・引用文献>
「メキシコの青い空・実況席のサッカー20年」山本浩(新潮社)

<参考リンク>
図解 世界のサッカー 愛称のひみつ 国旗とエンブレムで読み解く

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