ワールドサッカー/チャンピオンズリーグ

パベル・ネドヴェド ビッグイヤーへの執念

95-96シーズン以降、CLでは雌伏の時代が続くユベントス。ビッグイヤーの獲得に向けて、着々と準備を進めていたはずなのだが、準々決勝で絶体絶命の崖っぷちに立たされている……。

執筆者:斉藤 健仁

“国内”では最強の「イタリアの貴婦人」

ユーベでのビッグイヤー獲得を悲願とするネドヴェド(写真・野辺優子 クリックすると拡大されます)
イタリアのクラブで唯一地名を冠さないユベントスは、インテルと同様創設以来1度もセリエBに落ちたことがなく、優勝28回は2位のミランの17回を大きく上回る。しかし、ヨーロッパのクラブ王者を決めるCL(チャンピオンズリーグ)では、通算6回、5度の優勝を成し得て「ビッグイヤー」を保持しているACミランの後塵を拝している。

95-96シーズンに2度目の優勝を達成して以後、ユベントスは2年連続準優勝、98-99シーズンベスト4、00-01シーズンは1次リーグ、01-02シーズンは2次リーグ敗退と低迷し続けた。

そして迎えた02-03シーズン、CL制覇に向けて最大のチャンスが訪れる。2次リーグでは、アウェーのマンチェスター・ユナイテッド戦を前に選手の大半がインフルエンザに罹るというアクシデントに見舞われ1-2、ホームでも0-3と大敗するものの、辛くも決勝トーナメント進出。準々決勝はバルセロナと対戦し、ホームで1-1と引き分けるが、カンプ・ノウでの第2戦は1-1で延長戦までもつれ込み、途中出場のサラジェータが値千金の決勝ゴール。ユーベは「奇跡」を起こし続けた。

アウェーで行われたレアルマドリーとの準決勝第1戦は2-1と敗戦。そしてホームでの2戦目、スペインからやってきた前回CL王者の「白い巨人」を迎え入れた。その中に、かつてのユベントスの英雄ジネディーヌ・ジダンがいたが、恐れることはなかった。なぜなら、ユベントスにはパベル・ネドヴェドがいた。

チェコ出身の金髪の闘士が、ラツィオから「イタリアの貴婦人(Vecchia Signora)」と呼ばれるチームへと移籍した目的はただ一つ、ビッグイヤーの獲得に他ならなかった。夏のバカンス先でもトレーニングを欠かさないネドヴェドは、静かなトリノの街で、あのビッグイヤーを高く掲げるための準備を怠らなかった。

ユベントスは積極的に攻撃を仕掛け、前半で2得点を挙げ、後半に入りネドヴェド自身もゴールを決め、ファイナル進出をグッと近くに手繰り寄せた。だがその直後、マクナマンに対する不必要なタックルで、ネドヴェドはイエローカードをもらい、累積3枚となり決勝は出場停止に。

ホイッスルと同時に抱き合って喜ぶユベントスの選手たち。しかし、ネドヴェドはその輪から外れ、1人泣き崩れていた。あれほどまでに夢見た舞台の手前で、自らそのチャンスを手放してしまったのだ。

翌日の会見で監督のリッピは「ネドヴェドなしでは戦えない」と白旗を揚げ、苦悶の表情を見せた。結局、ネドヴェド抜きのゲームプランを完全には作り出せぬまま挑んだACミランとの決勝では、0-0のままPK戦までもつれ込んだが敗戦。ネドヴェドはスタンドで、自分と同じ理由でウクライナからACミランに移籍したシェフチェンコが、「ビッグヤー」を高々と掲げるのを見守ることしかできなかった……。
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