中田英寿選手や小野伸二選手など、海外で活躍する日本人選手が近年大いに注目されています。「僕に足りないものがイタリアという国にあると思っているので、それを見つけに行きたい。」――こう言って旅立ったのは、かの名波浩選手でした。

一方、単身で海外サッカー留学・移籍する日本人選手も。彼らは一体「なにを」探して、海を越えるのでしょうか。そしてその「なにか」は、見つかるのでしょうか。

今回お話を伺うことが出来たのは、アルゼンチンとフランスでプレーし、今後はぜひ日本で頑張りたいという白石尚久選手。このインタビューで、サッカー選手から見た各国事情や海外で得られることなど、海外サッカーとサッカー選手の「真実」を垣間見ることが出来たような気がします―――。



<プロフィール>
白石尚久(しらいしたかひさ) 1975年10月28日生まれ 26歳
身長:170cm 体重:69kg 
ポジション:FW

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<アルゼンチンへ単身サッカー留学>
→アルゼンチンのGIMNASIA y ESGRIMA de La Plataのユースチームで練習を始めた白石選手。ここで「勝つためのメンタリティ」を学び取ったとか。


海外でプレーするようになった、最初のきっかけは?

白石:大学在学中(注:明治大学)にアルゼンチンに行きました。大学サッカー部だったんですけど、一番下手でテストにも受からなかったんですよね。それでもう一度サッカー部に入りたくて、アルゼンチンに行ったんですよ。でも受からなくてよかった。アルゼンチンで本物のサッカーを感じる事ができたんで。

アルゼンチンを選んだ理由は?

白石:小学校の時、父親がサッカーのビデオを見せてくれたんですよね。その時オランダのクライフ、アルゼンチンのマラドーナ、そしてブラジルのペレを見たんです。なぜか分からないですけど、マラドーナに釘付けでしたね。それからずっとアルゼンチンに憧れてました。

言葉の壁や生活習慣の違いに、戸惑いはなかったのでしょうか?

白石:言葉の壁は別に感じなかったですね。生活習慣も気にならなかったです。ただサッカーに必死だったんで、そこまで気が付かなかっただけかもしれないですけど。

それではサッカーの質の違いは?衝撃を受けませんでしたか?

白石:衝撃というか地球程の壁があると思ったのは、サッカーに対する集中力、そして生活がかかってるっていう気持ちがユースレベルからあるんです。気迫が違うというか。根本的にサッカーをスポーツと捉えるのとは違うと思いました。戦争みたいな感じですね。「今日がんばらないと明日はない」って感じです。あと人間的に強いですね。そこは根本的に国の状況と育った環境が違うので、すごく苦しんだ部分ですね。精神的に弱い、って言われてましたから。

当時、横浜フリューゲルスの選手が1年レンタルでヒムナシアに移籍してたんですよ。僕がいた時と同じ時期だったんですよね。彼は高校からユース代表です。それでもアルゼンチンに来たら、なんでもないユースの選手と同じレベルかそれ以下だったんですよ。それで僕なんかもっと下手で。1ヶ月ぐらいですか、腐ってましたね、二人で。でも「やるしかない」と思って、雑草のように一からサッカーやり直しました。その時ですね、アルゼンチンの選手から、ものすごくメンタルの部分で影響を受けたのは。



でもそれ以上に、身近にいた同じ民族のプロの彼から「サッカーとは何か」「プロとは何か」を学びました。それがまだ根本的な部分でしかないのは、今でこそ理解できますけど。その時こそが、自分が変わった時期だと思います。本気でプロを目指すようになりました。何も僕にはなかったので、すべて学ぶことしかなかったですね。悩んでる暇なんてなかったです。4年間あっという間でしたね。

そして、ユースの監督、サテライトの監督から勝つためにプレーする事の大切さを学びました。まだユースの時、「サテライトやトップの監督は選手に何を言うんだろう」って思ってました。そしたら、勝つためのメンタリティー、プロとしてやっていけるメンタリティーを徹底して教えてましたね。技術や戦術の話はあまりしないんです。あのアルゼンチンの「勝つ事に対する意識の高さ」は学ぶべきものがありますね。

サッカー選手としての生活で、日本にいた時と変わったことは?

白石:自分の体のケアーをすごく考えるようになりました。食生活から睡眠、体重とか。サッカーための生活に切り替わりましたね。


<関連リンク>

海外でプレーする日本人選手