異端のミステリー作家・松尾由美
松尾由美は1960年石川県生まれ。お茶の水女子大学文教育学部を卒業後、1989年にファンタジックロマン『異次元カフェテラス』でデビューを果たし、1991年に「バルーン・タウンの殺人」で第17回ハヤカワSFコンテストに入選。1994年に上梓された同シリーズの第1作品集
『バルーン・タウンの殺人』は斬新なSFミステリーとして注目を浴びた。現実から少しずれた"異世界"の設定とストーリーテリングには定評があり――ミステリーのみならず――SFやファンタジーのファンにも愛読されている作家なのだ。
妊婦ばかりの街"バルーン・タウン"
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妊婦のために作られた街"バルーン・タウン"で頻発する怪事件。妊婦探偵と女性刑事の名コンビが活躍する4編を収めた著者の出世作。 |
著者の名を世に知らしめた〈バルーン・タウン〉シリーズは、極めて特殊な街を舞台にした本格ミステリーである。人工子宮による出産が一般化した近未来、あえて古風な妊娠・出産を選んだ女たちは、妊婦のために整備された東京都第7特別区"バルーン・タウン"で穏やかに暮らしていた。そんな平和なはずの街で殺人事件が発生し、潜入捜査を命じられた東京都警の江田茉莉奈は、バルーン・タウンに住む大学時代の先輩・暮林美央に相談を持ちかける――第1話「バルーン・タウンの殺人」はそんな物語だ。このシリーズは
『バルーン・タウンの殺人』『バルーン・タウンの手品師』『バルーン・タウンの手鞠唄』の3冊(いずれも短編集)が刊行されており、1冊ごとに境遇が変わっていく暮林の名推理をたっぷりと楽しめる。SF的な"異世界"の設定を導入しつつ、ジェンダーの問題を軽妙なユーモアに包んでみせた力量も高く評価されるべきだろう。
文字通りの"安楽椅子探偵"
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少年が手に入れた安楽椅子"アーチー"は、高い知能と推理力の持ち主だった。史上初の"安楽椅子探偵"が活躍するファンタジックミステリー。 |
小学5年生の少年・及川衛は――誕生日プレゼントのゲームを買いに行く途中――骨董店で見かけた安楽椅子に魅了され、全財産を投じて購入することにした。それは世界に1つしかない"ものを言う椅子"だった。やがて衛の"友人"となった椅子は、学校で起きたある事件をきっかけとして、衛たちの持ち寄る謎を次々に解明していく。この設定からも解るように、安楽椅子が"安楽椅子探偵"を務めるという(なんともベタな)異色作が〈安楽椅子探偵アーチー〉シリーズだ。本シリーズは
『安楽椅子探偵アーチー』『オランダ水牛の謎』の2冊が刊行されており、設定こそ奇抜に見えるものの、謎解きはむしろオーソドックスなもので、落ち着いた筆致は児童文学の香気すら感じさせる。人間の感情は複雑すぎて想像できないという"アーチー"の言葉はすこぶる重い。
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『人くい鬼モーリス』を御紹介します。