山岳ミステリーの新たな傑作
大倉崇裕が趣味と経験――落語や怪獣フィギュアや〈刑事コロンボ〉などを作品に生かしてきたことは前ページで述べたが、そんな著者には他にも趣味があった。大学時代に山岳系の同好会に所属していた著者にとって「山岳ミステリを書くのは、私の目標であり願いでもあった」という。かくして――周到な準備と調査を行い、思い入れを込めて書かれた「構想10年」の最新作が『聖域』である。草庭正義と安西浩樹は東城大学山岳部の同期だった。卸問屋に就職した草庭は理解のある上司に恵まれるが、3年前の事故をきっかけに登山を辞めていた。そんなある日、草庭のもとに安西が滑落したという知らせが届く。しかし草庭はその話を信じることが出来なかった。マッキンリーを極めた安西が塩尻岳で滑落するだろうか? 好敵手にして親友だった安西の死の真相を探るため、草庭は再び山に登ることを決意するのだが……。本書は調査行を軸にしたサスペンス小説であり、逆転劇を備えた本格ミステリーでもある――が、最大の見所は別の所にある。これは山を離れた男の復活譚にして、自然の猛威に晒された人間たちの悲劇に違いない。山岳小説の濃厚なムードを楽しみつつ、じっくりと静かに味わうべき逸品。まさに山岳ミステリーの道標のような傑作なのだ。
【関連サイト】
・Muhoの日記…大倉崇裕公式ブログ。高い頻度で日記が更新されています。
・『聖域』は、私とともに変化を続けてきた物語でもある…東京創元社公式サイト内の特設ページ。『聖域』のあとがきが全文掲載されています。