倒叙ミステリーの極北
『扉は閉ざされたまま』
同窓会で後輩を殺した男は"密室での事故"を偽装するが、計画は思わぬ形で破綻していく。大胆な趣向に貫かれた倒叙ミステリーの傑作。 |
成城のペンションで大学の同窓会が開催され、伏見亮輔は浴室での事故を装って後輩の新山和宏を殺害した。参加者達は異常に気付くものの、施錠された扉を壊すことは出来なかった。しかし――伏見には大きな誤算があった。参加者の一人・碓井優佳は天才的な推理力の持ち主だったのだ。本作は最初から犯人が明かされている倒叙ミステリーだが、これほど完璧に敗北する犯人は珍しいだろう。探偵役は現場を目撃することもなく、推理だけで事件の存在を察知し、犯人の正体とトリックと動機を見抜いてしまう。倒叙ミステリーと安楽椅子探偵を融合させた大傑作なのである。
"殺されようとする男"の謀略譚
『君の望む死に方』
余命半年を宣告された会社社長は、一人の社員に自分を殺させる計画を立てた。彼は舞台を整えて"その時"を待つのだが……。 |
殺されようとする男、それと知らずに殺害計画を進める男、ジョーカーとして暗躍する女――特異なシチュエーションを設定し、その状況下での合理性を突き詰める作劇法はいかにもこの著者らしい。"著者のことば"に「推理小説とは、事件発生と解決を描いた読み物です。その事件が「起きるまで」を丁寧に書いてみようと思いました」とある通り、本作には――『扉は閉ざされたまま』が"死体発見以前"を描いたように――"事件以前"の出来事が綴られている。奇妙なシチュエーションの魅力、異色だからこそ際立つ合理性とサスペンスなどを兼ね備えた掛け値なしの傑作だ。ちなみに付言しておくと、何割かの人が眉を潜めるであろう独特の倫理観もまた著者の持ち味に違いない。このあたりに着目すると石持作品をより深く楽しめるだろう。
【関連サイト】
・Interview 石持浅海…光文社図書編集部の石持浅海インタビュー。『水の迷宮』刊行当時の話が読めます。