異色短編の才人
ロアルド・ダールやスタンリイ・エリンなど、異色短編作家はミステリー好きの間で根強い人気を保っている。約半世紀前に刊行された早川書房の叢書〈異色作家短篇集〉が――多少のリニューアルを経て――2005年から2007年にかけて再刊されたのも、彼らの定番ぶりが評価されてのことだろう。ジョン・コリアもその豪華メンバーの一人。まずはコリアのプロフィールをざっと見ておくことにしよう。ジョン・コリアは1901年にロンドンで生まれた。正規の教育は受けず、教育係を務めた叔父の影響を受け、10代の頃に「僕は詩人になります」と宣言していたという。1920年に最初の詩集を自費出版し、雑誌編集に携わるかたわら小説を執筆。1930年に初長編『モンキー・ワイフ』を発表した。1934年に初短編集"The Devil and All"を上梓した後、翌年にフランスのカシスに渡り、同年にハリウッドへ移住。その後もイギリス、フランス、アメリカを転々とするが、これはコリアが最も多くの短編を生産した時期でもあった。1942年にカリフォルニアに転居し、約10年間にわたってハリウッド映画の脚本に専念。1951年には短編集『夜と幻想』でアメリカ探偵作家クラブ賞を受賞した。1953年にメキシコへ移り住み、アメリカへ戻ろうとした際に入国審査に引っ掛かったため、1955年からはフランスの小さな村に暮らし始める。1979年には再びアメリカへ戻り、未完成長編の執筆を再開するものの、その完成を待つことなく翌年に逝去。享年79であった。
コリアの邦訳本は5冊――『モンキー・ワイフ』『ジョン・コリア奇談集』『ジョン・コリア奇談集II』『ザ・ベスト・オブ・ジョン・コリア』『炎のなかの絵』が刊行されていたものの、2007年半ばの時点で"現役"なのは(2006年に復刊された)『炎のなかの絵』だけだった。そこへ満を持して登場したのが『ナツメグの味』である。ちなみに本書は〈KAWADE MYSTERY〉シリーズとして刊行されたが、同シリーズにはジャック・リッチー『10ドルだって大金だ』『ダイアルAを回せ』やロバート・トゥーイ『物しか書けなかった物書き』などの優れた短編集も収められている。アベレージの高さには定評のある叢書なのだ。
次のページでは『炎のなかの絵』と『ナツメグの味』を御紹介します。