各種ベストテンで話題になった傑作短編集【no.1】ジェラルド・カーシュ『壜の中の手記』
文庫化にあたって新訳作品も2編追加。 |
孤島で発見された奇妙な白骨死体、人間の脳に酷似した形と知性を持つ木の実、夜になるとあらわれる骨のない生き物、全身に極彩色の模様がある怪物、代価を払わずに手に入れた者に不幸をもたらす指輪などなど。収録された12編のいずれにも、不思議で、怖くて、でも惹きつけられずにはいられないものが登場します。
表題作は、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞の最優秀短編賞を受賞。『悪魔の辞典』の著者として知られるアンブローズ・ビアスの失踪を題材に描かれた一編です。〈私〉がメキシコで行商人から買った壜。その中には、小さな紙に鉛筆書きされた手記が隠されていました。読んでみると、書き手はビアスを名乗る老人。自分の周囲にいる人も、住んでいる国も軽蔑しきった彼は、〈新鮮な気持ちで憎むものが必要だったから〉メキシコにやってきたのです。彼は憎むことにも疲れ果て、休息をとる場所を求めていました。アルビノの驢馬(ロバ)をもらいうけ、村人は決して足を踏み入れない山の上を目指します。たどりついた先にあったのは、豪奢な館。彼は当主に歓待されますが……。
寝入ってしまう場面を〈雪の一枚(ひとひら)が黒いビロードの上で溶けるように、軽やかに忘却の淵に落ちた〉と表現するなど、文章が非常に美しい。でも内容はシニカル。このバランスがいいんですね。
巻末の「カーシュ小伝」によれば、若い頃、盗んだバイクで走りだす、じゃなくて、盗んだトイレットペーパーに小説を書きつづけていたというジェラルド・カーシュ。作品だけではなく、著者のエピソードも謎めいていて魅力的です。