殺人鬼と人質による「マイ・フェア・レディ」【no.3】ピーター・ストラウブ『ヘルファイア・クラブ』
『夜の旅』の作者をめぐる謎も魅力的! |
物語の途中でノラは連続殺人犯に誘拐されるのですが、この殺人犯がすごい。ピーコのファッションチェックよろしく、ノラに駄目出しをするんです。下着を上下セットで揃えるように言い、髪形を整え、メイクアップを指導。服も買い与えます。やたらと美容方面に詳しいだけではなく、なんとノラに更年期障害の兆候があることを指摘し、対策法まで教える。
殺人鬼と人質による「マイ・フェア・レディ」。もちろん、いくら綺麗にしてくれても女を虐待することに無上の喜びを感じるような人でなしなので、ノラは戦うのですが。物語のラスト、彼女が事件の黒幕を遣り込めるシーンは痛快です!
音楽の不在を描いて音楽を感じさせる【no.2】古川日出男『サウンドトラック』
文庫にはボーナストラックとして「杉並区洪水警報」を掲載。 |
海で遭難して以来、トウタは音楽を失います。聴覚には異常がないのに、音のつながりを感じ取ることができません。それゆえにこの作品では、『サウンドトラック』というタイトルでありながら、繰り返し音楽の不在が描かれます。不在ではあるのだけれど、ひとつひとつの言葉の響きそのものが音楽を感じさせる。たとえば文末に「た」や「る」を重ねて、脚韻を踏む。一歩間違えば単に下手な文章だと思われかねないのに、絶妙な使い方をしているので、読んでいて気持ちがいい。また、トウタの友人・レニが鴉のためにつくった映画(!)もサイレント。でも、無音という音があるような気がします。
それからなんといってもすごいのが、ヒツジコのダンス。揺らめく自分の影を見たことから踊りをおぼえたヒツジコは、高校生になると見た人の欲望を解き放つダンスを体得します。ヒツジコは踊るときに曲を必要としません。学校の講堂で、教室で、腕を動かし、上履きでシュッと床を摺る。それだけで、クラスメイトは魅入られる。ヒツジコの踊りの描写は圧倒的に迫力があります。
頭の中だけではなく、もっと深いところに震動を与えるような、ものすごくカッコいい小説です。
no.1は「読み終わるのが勿体ない!」と思える一冊>>>