2006年の上半期、のべ166冊の本を読みました(ミステリー以外も多いですが)。そのなかでイチオシの小説をご紹介したいと思います。イギリスの作家、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』。多くの書評でとりあげられ、読み巧者としても知られる翻訳家・柴田元幸さんに「現時点での、カズオ・イシグロの最高傑作だと思う。」と言わしめた作品です。
謎の全寮制施設ヘールシャム
amazonの読者レビューをはじめネット上にネタバレのコメントが散見されるので、今回はリンクなし。未読の方はご注意を! |
あるとき、キャシーは提供者になった2人の友人に、介護人として再会します。ルースとトミー。2人とも、キャシーが生まれ育った全寮制の施設、ヘールシャムの生徒でした。もうすぐ介護人をやめるキャシーは、ヘールシャムで過ごした子供時代を回想します。一見、ミステリー小説とは思えないかもしれませんが、ヘールシャムには謎がいっぱい。
・施設には保護官と生徒がいる。
・毎週のように健康診断がある。
・年に4回交換会があって、生徒たちは絵や工作、詩などを出品する。
・交換会は生徒にとっても保護官にとっても大きなイベントで、ふだんの授業も図画工作にかなり重点を置いている。
・マダムと呼ばれる女性があらわれ、出品された作品の中で特に出来のよいものを持っていく。
・提供者の多くは、ヘールシャムを特別いいところだと思っている。
ほかにもまだまだ不可解な点があるのです。いったい何の施設なのでしょうか? なかなか全貌は明らかになりません。
第七章の衝撃
見栄っ張りのルースと問題児のトミー。2人はヘールシャムの生徒の中でもキャシーにとって特にかけがえのない友達です。成長するにしたがって変わっていく3人の関係を、著者は丁寧に描いていきます。ヘールシャムの日常は穏やかですが、何かひっかかる。一風変わった性教育。マダムの奇妙な態度。生徒たちを覆う曖昧な不安。でもまだ幼いうちは、〈一年一年の区別も判然とせず、全体として黄金色の時が流れた〉という印象をキャシーは持っていました。ところがその印象は、13歳からヘールシャムを巣立つ16歳までの数年間に、大きく変化してしまうのです。ちょうど大人に近づいてくる頃。だんだん、自分たちの不安の正体も見えてきます。そして決定的な瞬間が。ある保護官の言葉がきっかけでした。
あなた方は教わっているようで、実は教わっていません。それが問題です。形ばかり教わっていても、誰一人、ほんとうに理解しているとは思えません。……第七章 P98
というセリフに続いて告げられる、あまりにも重い真実。「そうだったのか!」と驚くと同時に、残りのページを大切に読みたくなるはず。とにかくなるべく予備知識を持たずに、一つ一つのエピソードをじっくり味わってもらいたい1冊です。
<関連リンク>
・DVD「日の名残り」…カズオ・イシグロの代表作でブッカー賞を受賞した『日の名残り』は、映画化もされています。最近話題の執事モノ。主演はアンソニー・ホプキンス!