大人になるとつらいことがあってもなかなか泣けませんよね。休日くらいは物語にどっぷりひたって、思いっきり涙を流してみませんか? 涙にもいろんな種類があります。滂沱の涙、爽やかな涙、温かい涙、切ない涙、無私の涙。ガイドもはからずして落涙した小説をご紹介します。
滂沱の涙。恩田陸『光の帝国』
涙をふくものをすぐ側に置いて読んでください。 |
戦時中。山奥の分教場で、「常野」の子供と教師が自給自足の生活を送っていました。言葉がうまく出てこない健と、持病の喘息に苦しむあや、音楽だけに心を動かす岬と、人間不信におちいり粗暴なふるまいをする信太郎。傷つきながらも優しい先生たちのおかげで穏やかに暮らすようになった彼ら。ところが、「遠目」と呼ばれる予知能力を持つあやが「黒いのが来る」とおびえるようになる。“黒いの”とは何なのか? 子供たちの運命は……。
僕たちは、無理やり生まれさせられたのでもなければ、間違って生まれてきたのでもない。それは、光があたっているということと同じように、やがては風が吹き始め、花が実をつけるのと同じように、そういうふうに、ずっとずっと前から決まっている決まりなのだ。…P134
引用文は健がつくった『祈り』の言葉の一部。読み終わるとこの『祈り』の美しさが胸に迫ってくることでしょう。
爽やかな涙。伊坂幸太郎『チルドレン』
ユーモラスな会話に油断してるとほろっときます。 |
大学生の鴨居が友人の陣内と銀行へ行ったらたまたま強盗事件が発生。一緒に人質にとられた目の不自由な永瀬と出会う「バンク」、家裁調査官の武藤と陣内が奇妙な父と子にかかわるエピソード「チルドレン」、永瀬と恋人の優子、鴨居、陣内の4人が公園で遭遇した事件「レトリーバー」、ふたたび家裁調査官の武藤と陣内が登場し父と子の問題を扱う「チルドレンII」、永瀬がデパートの屋上でいろんな人と話をする「イン」。
5つのエピソードが語られるなかで、語り手は鴨居→武藤→優子→武藤→永瀬というふうに交代し、時系列も大学時代→就職後→大学時代→就職後→大学時代と行きつ戻りつしていきます。が、一貫して登場するのは陣内。銀行強盗の前でビートルズの名曲を歌い、トイレの落書きから名言をピックアップし、失恋すれば世界が止まったと大騒ぎ。陣内のユニークで魅力的なキャラクターがそのまま『チルドレン』という長編小説全体の魅力になっています。
根拠なく自信たっぷりで、周囲をふりまわす陣内ですが、とても恰好いいんです。特に目の不自由な永瀬や、子供に対する接し方。永瀬が見知らぬ中年女性に憐れまれて5000円握らされたときの陣内のセリフなど最高。好きにならずにはいられないし、陣内みたいになれたらいいなぁと思います。陣内の突拍子もない言動に吹き出しながらも、ところどころに散りばめられた名セリフにほろりとして、清々しい読後感が残る一冊です。
温かい涙。田中啓文『笑酔亭梅寿謎解噺』
ナンセンスな笑いから、人情噺まで。落語は奥が深いです。 |
(発表は『梅寿』のほうが先ですが)傑作ドラマ「タイガー&ドラゴン」を彷彿させる若者の成長と師弟愛の物語+上方古典落語をネタにした本格ミステリー。各短編のタイトルが古典落語の題目になっていて、簡単な解説もついています。三味線の弦は演奏中になぜ突然切れたのか?(たちきり線香)、素行の悪い噺家が毒殺されたはずの時間に何人もの人に姿を見られていたのはなぜか?(らくだ)など。最初は梅寿がトンデモ推理を披露しますが、結局真相を明らかにするのは竜二。噺家が活躍する名探偵ものとしても楽しめます。
落語の才能を見出され、着実に噺家としての道をあゆみはじめる竜二。ところが、そうそう順風満帆なはずもなく……。後半、噺家として大きな苦悩を抱え、さまよう竜二の姿に共感することしきり。随所で笑いながらも、目頭が熱くなります。仕事で悩んだとき、読んでみてください。
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