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推協長編賞は恩田陸『ユージニア』(2ページ目)

第59回日本推理作家協会賞長編部門を見事受賞したのは恩田陸『ユージニア』! 恩田さんおめでとうございます。というわけで、詳しく紹介させていただきます。

執筆者:石井 千湖

事件が人々に与えた影響は……

この町の誰かが
「集団」っておそろしいなぁと思わされる傑作。
著者がインタビューで明かしていましたが、本書の形式はアメリカの作家ヒラリー・ウォーの『この町の誰かが』(創元推理文庫)にインスパイアされたのだそうです。『この町の誰かが』は、狭い町で一人の少女が殺されたことによって、それまで平穏だった街が異様な変化をとげていく過程を、住民のインタビューや町の会議記録などを元にドキュメンタリータッチで描き出した作品。秘密は暴かれ、差別心はあらわになり、町じゅうがほとんどヒステリー状態になってしまう。犯人が誰かということよりも、事件が人々に与えた影響の描き方が面白い小説です。

『この町の誰かが』と『ユージニア』の大きく異なる点は、前者が事件の捜査とリアルタイムに進んでいるのに対し、後者が表面上は終わった過去の事件をふりかえる形になっていること。『ユージニア』の場合、犯行を告白した遺書を残して自殺した青年がいて、事件は解決したことになっています。そこへ当時のことを調べる者があらわれ、止まっていた時間が動き出します。関係者へのインタビューや記録以外の当時のことは、三人称で記述してあります。

百日紅の花が意味するものとは?

事件のことをふりかえるのに、証言者は一見関係がないように見えるエピソードをからめて話をします。たとえば、K市はどこにも中心がなく、小さな共同体がゆるやかに繋がっている街であるといった見解。取材のときいつも泊まっていた旅館の天井にシミがあったこと。ファミレスのお客は笑わない、などなど。なかでももっとも忘れられないのは、事件を捜査した刑事のエピソードです。刑事になったきっかけが小豆アイスにたかる蟻だったという話。禁煙のためにはじめた折り紙に凝っているという設定も印象的です。

彼らの口調は静かで、淡々としているように感じられます。なぜだろうと本文を眺めていて気がつきました。改行が多いんです。一段落の文字数が少ないので、ぽつりぽつりと話しているような印象を受けます。うまい!

新たな証言によって、事件の背景が解き明かされていくかのように見えるのですが。ラストまで読むと、冒頭から読み直したくなります。一応の真実らしきものは提示されるのに、どんどん新しい謎が増えていくのです。まるで本書のモチーフでもう一つ重要な花、一度咲いた枝先から再度芽が出てきて花をつける百日紅のように。

<関連リンク>
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