■「涙」という語彙はない。闘病記にもあらず。エピソードを丹念に丹念に積み重ねることで、語彙の連呼ではなしえないことをなす
作中で、写真家の類が「表現者」を目指す娘の玲にこう語る。
「何行かにまとめられるテーマがあって、それをそのまま伝えたければ、説明すればいい。そこに絵や写真や音楽なんて<表現>はいらない筈だよ」
――この<表現>の中に、「小説」というものを含めるなら、この言葉は、そのまま著者の理念であるように思える。
著者は、後書きで書いているように、彼は、あえて、千波の病の具体名は記さないし、<涙>という語彙も一切使わない。ただ、ただ、登場人物たちのエピソードを、丹念に、淡々と紡いでいく。
千波と牧子の小学生時代の冒険、幼い頃に千波に肩車してもらったさきの「発見」、千波を「ストーキング」している男の正体を突き止めた美々の行動・・・
その描写のひとつひとつの積み重なりが、登場人物たちがともに生きたということそのものだ。そして、そのエピソードを丹念に読んでいくと、そのことの重さと意味が読む者の心にヒダにじわじわじわと染み渡ってくる。
これは、「涙」「愛」「友情」そんな言葉を何千回書き連ねてもなしえることはないだろう。
だから、あえて、いうまい。涙が止まらない感動作、とは。だけど、ああ、あの章のあの描写を思い出すと、『セカチュー』では絶対泣かない、『いま会い』でもやっぱり泣けない私がギューっときました。泣けないあなたにこそ、オススメです。
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覆面作家時代を含め、著者の著作は、このジャンルに新しい風を吹き込んできました。エンタメ文芸の王様といえば、やっぱり、ミステリ。情報チェックは、「ミステリ・エンタメ作品を読む」で
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『北村薫が会長を務める「本格ミステリ作家クラブ」は、クラブ員である作家による投票制の「本格ミステリ大賞」を選出していることで知られる。ちなみに、事務局長は、綾辻行人。その他、有栖川有栖、乙一、歌野正午などなど、そうそうたるメンバーが揃って名を連ねます。
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