■直球勝負のハードボイルド。来る球はわかっているけど、気持ちよく三振に討ち取られる。「巧い!」作品
本作は、選者である大森望氏がいうように、「ほとんど時代錯誤のハードボイルド」なのである。
ハードボイルドが「時代錯誤」になってしまったひとつの理由は、ヒーロー像があまりにもステレオタイプで、しかも現実離れしていたからだと思う。
だが、本作を読んで、私は、こういうステレオタイプで現実離れしたヒーローとの再会が、とても楽しかった。
しかも、このヒーローは、かっこいいのだけど、マッチョな臭みはなく、適度の情けなかったりして、「いないよね、こんな野球選手」と思う反面「もしかしたら、いるのかも」とも思わせる。このあたりの匙加減が、とても巧い。
主人公をサポートする60歳超の女性スポーツ記者や彼を追いつめていく敵役など、脇役たちの人物造詣も確かで、物語が浅薄に流れるのを抑えている。
巧いといえば、主人公の一人称で語られる文体も、選者の香山ニ三郎氏が、「ちょいと老成しすぎ」というほど、新人離れしている。
作品の舞台設定という点から言うと、昨今のプロ野球をめぐる騒動がこの作品にとって追い風となったことは確かだろうが、「プロ野球の暗部を批判する」といったようなプログラマティックな内容になっていないのもいい。
基本は、直球・速球勝負だけど、実は、絶妙なバランスで組み立てられていて、来る球種はわかっているのに、きっちり、気持ちよく三振に討ち取られる――本作は、そんな作品なのである。
ミステリー作品としての完成度に関しては、「真犯人の動機がありえない」という批評もあったらしい。だが、どちらかというと、ミステリーより野球(もちろん観戦派)との付き合いが長い私は、とても腑に落ちた。
あまり書くとネタバレしてしまうが、ある種のエクスタシーを体験したことのある人間がはまり込んでいく狂気というのは、十二分に犯罪の動機となりえると思う。
本好きでも、そうでなくても、野球好きでも、そうでなくても、気持よく読める作品。著者が、本当にいい意味で、「稼げる」作家になるだろうという期待をも感じさせる。「稼げる」エンタメ作家が固定化しつつある現状において、この新人賞がこの著者を選んだことは、とても意義あることだと思う。
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