■気がつかなかった思い、気がつかないようにしていた思い。十代の頃の「事件」が甘く苦く甦る
高校生たちが過ごす一昼夜を描いた本作、その間に何か大きな事件が起こるわけでもない。だが、登場人物たちにとっては、そこで起こるすべてのことが事件だろう。よもやま話の中で知る、友の素顔、意外な想い・・・三年間、一緒に過ごしてきたのに、知らなかったことが、ひとつの季節が終るという切ない予感に満ちた時間の中で明かされる。ああ、なぜ気が付かなかったのだろう、でも、気が付かなくてよかったのかもしれない--
本編を行き交う甘美でほろ苦い感情は、おそらく、多くの人に経験があるものではないだろうか。
そして、物語の中心となる貴子と融のそれぞれの複雑な思いにも
ひとつの季節が終る前に、決着をつけなければならないことがあることを感じ取っている貴子。その決着が、後の人生に及ぼす影響がどんなものなのか、彼女には、まったくわからない。そのままで、決着をつけるということが、ほんとうに必要なことかどうか迷い続ける貴子。
彼女が、抱えている事情は特殊かもしれない。だが、揺れ続ける彼女の感情は、おそらく、多くの読者にとって、共感できるものだと思う。
特に、私も含め、決着をつけなければいけなかったかもしれないことをそのままにして、大人になってきた者たちにとっては。
一方で、融は、父の裏切りと死去で傷ついた母を楽にするため、一刻も早く大人になりたいと、すべての雑音をシャットアウトして急ぎ足で高校生活を駆け抜けてきている。そんな彼に、親友、忍は、こう言う。
「おまえにはノイズにしか聴こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから(中略)いつか絶対、あの時、聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う」
痛いなぁ~この言葉。十代の頃って、自分をとりまく問題に対処するのでいっぱいいっぱいで、聞き逃してしまったことが山ほどある気、しませんか?
読む人にとって、「痛い」箇所は、おそらく、さまざまに違うだろう。それぞれが、それぞれの「過ぎ去った日々の自分」にもう一度出会える、そんな一冊だ。もの思う秋にぜひ。
なぜか、センチになる秋に読みたい、このジャンル。
◆“今”を映しながらも普遍なる青春を描く、ネオ青春文学。ほかにもこんな書き手が・・・◆
青くて切ない中坊生活を描いた『4TEEN』で直木賞受賞、石田衣良。ファンサイト「Rouge Noir」では石田氏に対する質問と答えを公開中。
瑞々しい文章で、十代の思いをリアルに描き、高い支持を得ている森絵都。公認ファンサイト「Books“M”」では、ご本人のメッセージ、人気作品キャラクター人気投票なども。
“ゼロ”世代のミステリー作家として、評価うなぎのぼりの乙一。個人的には、切なくて、残酷なライトノベルに真価があると思います。公認(放任)ファンサイト「乙一FAN」には、著作リストや、映像化情報などが。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。