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現代感覚の妙手の「泣き系」短編集 『約束』

直木賞作家石田衣良の最新短編集喪失の深い哀しみから顔をあげる人々を描いた珠玉作7編。ひねくれ者でも泣けます。その理由は・・・

執筆者:梅村 千恵


『約束』
当代きっての人気作家が、喪失の深い哀しみから立ち上げる人々を描いた珠玉の7編。


『約束』
・石田衣良 (著)
・価格:1470円(税込)

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■視線の低さと現代感覚が融合して生まれる石田ワールド
 表題作である『約束』は、2001年の大阪教育大学付属池田小学校児童殺傷事件がモティーフになっている。実際の事件に触発されて生まれる作品は数多いが、どちらかというと、加害者の心理や犯罪の背景に注目が集まりがちであるように思う。だが、この作品は、違う。主人公は、親友ヨウジを目の前で通り魔に殺された小学校3年生の少年カンタである。著者の視線は、事件の彼のショック、哀しみに徹底して寄り添っている。事件を上段から俯瞰的に眺めたりはしない。

 この視線の低さは、『池袋ウエストゲートパーク』『LAST』など他の作品にも顕れている。作家・石田衣良の大きな特徴のひとつだと言えるだろう。

 一方で、彼は、言うまでもなく、洗練された現代的感覚の持ち主だ。本作は、表題作のヨウジはじめ深い喪失の哀しみを味わった登場人物たちが小さな出会いをきっかけに、哀しみから顔をあげる瞬間を描いた作品が収められている。一言でいうなら、「泣き系」の、いわゆる、「人情譚」である。だが、本作にこのような古めかしい言葉は似合わない。作品の随所には著者らしい「今」の匂いがするディテールが散りばめられているからである。事故で片足を失った青年が挑戦するのは、スクーバダイビングだし(『青いエグジット』)、恋人と死に別れた女性は、カッコいいモトクロスライダーだ(『冬のライダー』)。

このような今風なディテールを多用しならも、作品は、決して浅薄ではない。繰り返し読むに足る骨太なものだ。その「骨」の部分こそが、著者の「視線の低さ」ではないだろうか。
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