『土の中の子供』
すさまじい児童虐待から生還した男を主人公に、同時代を鋭く抉る。第133回芥川賞受賞作品ほか1編を収録

『土の中の子供』
・中村文則(著)
・価格:1260円(税込)

この本を買いたい!



■芥川賞受賞!理不尽な暴力にさらされ、生の実感をつかめずにいる「私」は・・・「被害者」の視点に立った切実で重い物語

 第133回芥川賞受賞作。著者は、1977年生まれ、2002年『銃』で新潮新人賞を受賞、同作、『遮光』がともに芥川賞候補となり、三度目のノミネートで栄冠を射止めた。

 本作は、主人公の「私」が、バイクに乗った若者たちに「狩られている」シーンから、幕を開ける。殴られ、蹴られ、土にはいつくばる「私」は、土の臭いを嗅ぎながら、恐怖や不安といった感情の底に得体の知れない「何か」があり、それが自分を待っているような奇妙な感覚に襲われている。意識を失ってしまうと、その「何か」に到達することができなくなる・・・
 被虐的な志向を持つとも思われる「私」。タクシーの運転手をしながら、他者との積極的な関わりを持たずに暮している。唯一ともいえるコミュニケーション相手は、以前在席していた会社で知り合った女性・白湯子だ。
 子どもを死産して以来、不感症になった彼女と身体を重ね合わせる「私」。仕事をさぼって、ビルの四階にある部屋から、空き缶などを落下させながら、自分で自分を落下させる瞬間を思う「私」。
 そんな「私」は、親に捨てられ、引き取られた先で壮絶な虐待にあったという過去を持つ。理不尽な暴力にさらされ続け、あげくは、土の中に埋められたのだ。九死に一生を得、施設で育った「私」だが、20代後半にいたるまで、生の実感をつかめずにいる。「私」が待っている「何か」とは、死なのか、それとも・・・

 主人公が乗っているタクシーのラジオからは、親が子を殺す事件の報道や海の向こうで起こっている戦争のニュースが流れる。安易で、理不尽な暴力・・・。本作は、一貫して、その被害者であった主人公の視線を通して物語が紡がれる。「暴力」を描く作品のうち、少なからず割合のものが、加害者の視線を導入していることを思えば、本作は、異色であるとも言えるだろう。

 土の中から埋められ、そこから脱出し、野犬に襲われた幼い「私」は、生れ落ちてはじめて「生きたい」という強い思いにかられる。だが、救出された後、彼は、引き取られた施設での日常をみつめ、呆然とする。

――私が勝ち取ったものは、これなのだろうか。暴力の下をくぐり抜け、土の中から這い出して山を降りた私の得たものは、このような日常に過ぎないのだろうか(中略)何か、他にあるのではないだろうか。無事でいられたことを全身で喜ぶような、私の全てが震えて止まらないような瞬間が、あのような暴力と釣り合うような、喜びが、この世界にあるのではないだろうか―

 この記述からは、理不尽な暴力の被害者であった彼の、切実で、なおかつ重く深い、脱力感や焦燥が浮かびあがってくる。