書籍・雑誌/話題の本関連情報

祝!芥川賞 『土の中の子供』(2ページ目)

第133回芥川賞受賞作。『銃』でデビューした著者、三度目のノミネートで芥川賞作家に。理不尽な暴力にさらされてきた男を主人公に、真摯な視点で時代の一側面を抉る!

執筆者:梅村 千恵

■暴力が人間心理に与える影響を単純な図式に押し込めず、複雑性を容認することが、物語としての広がりとテンションを生む

 本作は、けっして明るい物語と言えない。だが、先を読み進めさせるに十二分なテンションとパワーが、全編にみなぎっている。このテンションとパワーは、主人公の周辺に起こる出来事そのものからくるものではなく、その出来事に遭遇したときの主人公の心理からくる。
その心の逡巡をかくも読ませるものにしている要因は何なのだろうか。

 私は、その要因は、著者が主人公の心理に接近する際に、虐待という暴力を受けた経験のある人間は、こうなる、という単純な図式に支配されていないからだと思う。

 本編には、土の中から生還した主人公の状態を、精神科医がこう分析する。「恐怖が身体の一部になるほど侵食し、それにとらえられ、依存の状態にある」。
 大人になり、この分析を聞かされる(あるいは思い起こした)主人公は、強烈な嫌悪感により常態をなくしてしまう。
 学術的な見解として、この精神科医の分析が正当なものかどうかは別の問題として、たとえば、この分析にのみ立脚して主人公の心理描写を描き出すことを、著者は、自覚的に拒んでいるように思えるのだ。

 確かに、本作の中で、主人公は、自身の被虐的な性向に苦しめられはする。時には、その究極として、死に引寄せられてもいく。だが、それと同時に、加虐的な衝動にも駆られる。そして、このような文言のつらなりだけでは到底あらわせられないような複雑な感情に飲み込まれていく。
このような「複雑さ」に対する積極的な容認が、本作の小説としてのテンションとパワーの源ではないだろうか。

 著者が本作で描き出したように、現実世界においても、さまざまなものの裂け目から理のない暴力が噴出してきている。マスメディアでの報道では、えもすれば加害者側の背景にフォーカスされがちであるが、暴力には、当然のことだが、被害者がいる。同時代を描く書き手として、今後も、注目していきたい。

この本を買いたい!


◆1977年生まれの著者はじめ、新しい感性の台頭が顕著なのは、実は、このジャンル。情報チェックは、「恋愛・純文学の情報・作家ページ」

伝統・権威はもちろんのこと、綿矢りさ&金原ひとみの受賞以来、注目を集めることの多くなった芥川賞。こんな人も、芥川賞作家です。

第132回『グランド・フィナーレ』で受賞したのが、阿部和重。「阿部和重 オフィシャル・ウェブサイト」は、衝撃作『シンセミア』の話題を中心にした情報が盛りだくさんです。

第126回『猛スピードで母は』で受賞した長嶋有「長嶋有公式サイト」では、ゲーム評論家・ブルボン小林としての活動もチェックできます。

第120回『日蝕』で受賞した平野啓一郎。受賞当時、大学生だったということもあって、話題になりました「オフィシャル・ウェブサイト」には、ご本人からのメッセージも。
【編集部おすすめの購入サイト】
楽天市場で書籍を見るAmazon で小説を見る
  • 前のページへ
  • 1
  • 2
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

あわせて読みたい

あなたにオススメ

    表示について

    カテゴリー一覧

    All Aboutサービス・メディア

    All About公式SNS
    日々の生活や仕事を楽しむための情報を毎日お届けします。
    公式SNS一覧
    © All About, Inc. All rights reserved. 掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます