『透明な旅路と』
『バッテリー』でおなじみ、あさのあつこ初のミステリー。

『透明な旅路と』
・あさのあつこ(著)
・価格:1470円(税込)

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■『バッテリー』文庫化で、人気広がる著者初のモダンミステリー。罪を犯した男が出会った不思議な少年の正体は?
 野球に賭ける少年たちの、熱く清冽なドラマ『バッテリー』が文庫化され、幅広い年代層にじわじわと支持を広げている著者。ちなみに、『バッテリー』は、ジャンルとしては児童文学だが、文庫化によって、私の周辺の“いい大人”の中にも完全にハマってしまった人が多数いる。そうだよね、文章だって極上だし、なんたって、あの主人公の少年たち・・・。 
 私は、『セカチュー』では泣けなかったけれど、『バッテリー』では、何回も何回もうるっとくる。『バッテリー』の新たな文庫の発刊が待たれるのは、言うまでもないが、創作者としての著者の懐の深さの一端に触れることができるのが、本作。携帯サイト『The News』連載を改稿した初のモダン・ミステリーである。

 仕事と家族を失った吉行明敬は、故郷近くの町で知り合った娼婦の白い頸に手をかけて殺してしまう。雨の月夜、絶望だけを道連れに、故郷への道を車で逃亡する明敬。そんな彼の車を呼び止めた者がいた。幼女を連れた少年だった。時の痕跡をとどめない美しい顔をした少年は、白兎と名乗る。明敬は、なぜか、その少年の容貌に見覚えがある気がして、いぶかしむ。一方、妙に古めかしい服装の幼女の名は、笹山和子。その名にも聞き覚えが・・・。
 行き掛かり上、二人を連れ、山間の温泉宿に宿泊する明敬。白兎との会話から、明敬は、白兎が、彼の犯した罪も、そして、自ら封印してきた過去の傷も、すべてを知っているような気がするのだった。彼が封印してきた過去。そこには、幼い自らと、山中で行方不明になった兄がいた。白兎たちとの道行きが、明敬に、兄の事件によって負った心の傷を生々しく思い出させる。 白兎の正体は?母のもとに帰ると無邪気に喜んでいる和子の行き先は?明敬の運命は?

■大人でもない、子どもでもない。男でもない女でもない。時間と性の淡いに存在する少年の持つ不透明さ、特殊性に着目
 殺人という罪を犯したひとりの男が、出会う不思議な少年・白兎。彼は、『バッテリー』に登場するリアルで生き生きとした少年たちとはまったく異なる。その輪郭は、現実と夢の淡いに漂っているかのようなおぼろげである。手探りで現実と格闘している熱い『バッテリー』の少年たちに対し、すべてを見通しているかのような冷ややかさを備えた「低温系」である。
 白兎は、『バッテリー』の少年たちとはまた異なる意味での「少年」たちの特殊性が凝縮した人物だといえるだろう。
男性にとって、どうかはわからないが、少なくとも、多くの女性にとって、「少年」とは、とても不可思議で、特別な存在である。大人でもない、子どもでもない。男でもない、もちろん、女でもない。時間や性別を超越した存在なのだ。だから、大人が感知しえないものを感知しても、何の不自然さもないし、残酷でもある。
 
■蔽いをかけてしまい込んだ「傷」。不思議な存在との出会いが、その蔽いを剥がしていく
 そして、その特殊性は、少年が少年と呼ばれるある時期だけのもので、少年が大人の男になった瞬間に失われてしまう。その儚さゆえに、少年の特殊性は、多くの書き手・読み手(特に女性)を魅了するのだろう。少年の特殊性を描いた作品は、けっして少なくない。そんな中で、本作は、特殊性そのものだけではなく、いわゆる「大人」が、それと「出逢ってしまう」ことによって起こる出来事に注目している。主人公は、幼い頃に起こった事件がもとで生じた深い傷を心の中に抱いている。だが、彼は、大人になる過程で、その闇には、その傷に蔽いをかけ、見ないよう、気づかないようにしてきて生きてきている。ところが、不思議な存在と出逢うことで、かけていた蔽いが、一枚一枚、剥がされていくのだ。

 主人公の置かれた状況は確かに特殊ではある。だが、考えてみると、多くの人が、大人になる過程で、幼い頃、若い頃に体験した傷、「負の遺産」を見ないように、気づかないように生きる術を学ぶのではないかと思う。それ自体は、おそらく、いいことでも悪いことでもない。だが、ひとつ言えることは、誰の心の中にも、蔽いを外してしまえば、生々しく血を流す何かがあるのではないだろうか。本作を読みながら、そんなことを考えさせられた。
そして、もう一点、本作で、著者は、きわめて野心的なテーマに果敢に挑戦している。
 それは・・・