『神田八つ下がり』宇江佐真理 徳間書店 1600円
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■「端正さが魅力。「常食」して飽きない時代連作集『神田八つ下がり』
で、最後になってしまったが、心情的には、本当に、もっとも「獲らせてあげたかった」(あげられるわけがないが)宇江佐真理『神田八つ下がり』。
前々回のコラムでも触れたが、第117回に『幻の声』が候補に上がったのを皮切りに、第119回『桜花を見た』、第121回『紫紺のつばめ』、第123回『雷桜』、第127回『斬られ権左』に続き、なんと6回目のノミネート。
うーん。初のノミネート作品である『幻の声』で獲れなかったのが、痛かったのかなあ~。などと推測するのは、『幻の声』『紫紺のつばめ』の「髪結い伊左次」シリーズがもっとも好きな宇江佐作品だという理由だけなのだが。
いや、そもそも、候補作、『玄治店の女』の方がよかったかも・・・。
そう、彼女は、私にとって、賞に関係なく、刊行されたら即買いする作家の一人である。
さて、候補作『神田八つ下がり』。江戸の浅草、本所など、川沿いの下町を舞台にした、いわゆる市井時代小説の連作集だ。
慣れない下町暮らしのうちに浅草きっての男まさりの女の息子に見初められ戸惑う街娘、趣味の端唄で娘の奉公支度のための金を捻出し様と一世一代の勝負を挑む貧乏武士、故郷を捨てて江戸でひっそり生きる老兄弟・・・。
都会の片隅で、自身の運命と対峙しながら生きる人々の心情を掬いあげた6編を収める。
帯には、「ほろりほんわか人情譚」とある。確かに、「ほろり」もするし、「ほんわり」もしているし、落語のような笑いもあって、人情時代小説の要素はすべて入っているのだが、この作品も含め、宇江佐作品の一番の魅力は、「人情話」という言葉から連想される過剰な湿気やくどさがないところだと思う。
例えば、大店を勘当された男に尽くして捨てられる女の哀しみを描いた『愛想尽かし』。男は、格別に薄情というわけではないが、わりあいあっさり決断するし、女の未練の行方もかなりドロドロで哀れではあるのだが、著者は、あえてその悲劇性を盛り上げようとしない。けっして、筆致が乾いている、とか、登場人物を突き放している、というわけではない。ちょうどいい感じに抑制が利いているのである。このあたりが、この作家の大きな特性だと思う。
彼女の作品から感じるものを一言でいうなら、「端正さ」である。江戸弁で言うなら、「きれえ」な味、というところだろうか。だから、「常食」できるのである。「宇江佐屋」は、大ブームになるというようなことはないかもしれないけれど、固定客は離れないし、新しい客もちゃんと入ってくるお店のようなものだとも言えるだろうか。
いいじゃないか、それで。いいじゃないか「五つ星」みたいな勲章なんてなくて!
この作品じゃなくてもいいので、ぜひ一品、一作お試しあれ。おすすめは、やっぱり、「髪結い伊左次」シリーズだろうか。
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