前回、惜しくも受賞を逃した四作のうち、『手紙』『繋がれた明日』についてのコラムを掲載したが、今回は、残りの二作、伊坂幸太郎の『重力ピエロ』、宇江佐真理『神田八つ下がり』。まずは、重力ピエロから。

『重力ピエロ』伊坂幸太郎 新潮社 1500円
この本を買いたい!


■犯奇を衒わない、力まない。しかし、「自然体」にはあらず。上質の酒のような文体が最大の魅力『重力ピエロ』

 著者の伊坂幸太郎氏は、1971年生まれ。1996年に『悪党たちが目にしみる』でサントリー・ミステリー大賞を受賞して、デビュー。『オーデュポンの祈り』(うーん、これが絶版とは惜しい!)で新潮ミステリ倶楽部賞を受賞したり、『ラッシュライフ』が読み巧者の間で高い評価を受けたりもしているのだが、どちらかと言えば、通好みの作家。
 それが、『重力ピエロ』は、帯に北上次郎の賛辞が載ったり、「小説、まだまだいけるじゃん!」なんていう直裁なキャッチを掲げたり、
「新潮社、今度は、かなりリキ入れてるね!」
と思った矢先に、直木賞候補。
このタイミングでもし獲れていたら、金城一紀のごとくメジャー路線まっしぐら、だったんだが・・・。

 前置きはともかく、ストーリーは、こんな感じ。

舞台は現代の仙台。遺伝子情報を扱う会社に勤める独身の男性、泉水には、天才的な絵の才能を持つ美男子の弟、春がいる。実は、春は、二人の母親が未成年の暴行魔にレイプされてできた子供。父親の決断で夫婦の子どもとして育てられたのだ。そして、20数年。美人で評判だった母はすで亡く、父は、癌に冒され、入院をしている。そして、泉水は、グラフィティーアート(落書き)を消す仕事を不定期にしながら、きままに暮らしている。
 そんなある日、春から泉水に、泉水の会社が放火されるかもしれない、という電話が入ってくる。折りしも、街には、連続放火によるボヤ騒ぎが続いている。
 そして、春の予告とおり、泉水の会社は放火の被害に遭う。不審に思う泉水に、春は、連続放火の現場の近くには必ず奇妙なグラフィティーアートが遺されていることを発見したと告げ、ともに犯人をつきとめようと言い出す。
 春の誘いに乗せられた泉水、入院中の父までが「謎解き」に挑むのだが・・・。

こうやって、あらすじをザックリ紹介すると、一見、社会派風サスペンスなのだが、実は、違う。
 この作品は、泉水、春という兄弟の物語であり、父、亡き母を含めた家族の物語である。もっといえば、社会の秩序と人としてのあり方を対立軸で描いた物語でもある。極言すれば、かなり閉じた話なわけで、ミステリーに社会性を求める方には、少々物足りないかもしれない。逆にいえば、言葉の定義はともかく、かなり「純文学風」な作品である。
また、遺伝子情報、絵画、映画などなど衒学趣味的な知識があちこちに散りばめられて、楽しみどころも多い。
おまけに、この3人の家族、かなりカッコいいし、(特に、父。金城一紀の『GO』の父に匹敵する)、ラストも微妙な揺れ感があり、しかも爽快だ。

 だが、何と言っても、文句なしに、文体がいい。

 気を衒っているわけではなく、淡々としているのだが、「淡々」さを意識している風でもない。では、自然体か、といわれたら、違う。かなり練れているが、その練れを意識させない。水のごとくノドにすっと通るのかかといわれると、それも違う。読んでいると、いい意味での違和感がクィっ、クィっと引っかかってくる。
 
 そう、ちゃんと手間ひまかけて醸されて、ちゃんとお酒の匂いがして、ちゃんと酔うお酒のよう。
 まあ、著者はまったく痛くもかゆくも何ともないと思うけど、本当のところ、かなり妬ましい。
 ともあれ、この文体に打ちのめされるだけでも、読む価値あり、だと思う。