『アンダーワールド』(上・下)

ドン・デリーロ/著 上岡伸雄、高吉一郎/訳 
新潮社 各3200円

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■ヴァーチャル化される世界の闇。「非現実」にはなりえない物質の逆襲

1951年10月3日、ニューヨークのポログラウンド球場。ブルックリン・ドジャーズとニューヨーク・ジャイアンツのプレーオフ第三戦。大衆に混じって、FBI長官エドガー・フ-ヴァーが人気歌手フランク・シナトラらと観戦している。劇的なホームランが観客達を熱狂させる中、彼のもとにはソ連が核実験に成功したという報が― アメリカの大衆文化の代表であるベースボールと、フーヴァーに象徴される政治的陰謀、そして、米ソ冷戦――暗示的な取り合わせで物語は始まる。第二章では、舞台も時代も一転。時代は現在。中西部の砂漠で廃棄された戦闘機にペイントを施している著名女流彫刻家クララを、中年男ニックが訪ねていく。ともにブロンクス生まれのニックとクララ。彼らを中心に、アメリカの50年をそれぞれに生きた市井の人々たちの物語が、時代も、舞台もランダムに綴られていく。

いや、確かに構成上は「ランダム」なのだが、それぞれの登場人物たちは、本人たちが認知できないところで、すべてつながっている。そのつながりの一つの軸になるのが、1951年のあの試合の日、無銭入場した一人の少年が手に入れたホームランボールなのだ。

「すべてはつながっている」――このことは、それ自体が、本書のテーマの一つでもある。代表作である『ホワイト・ノイズ』でメディアで流される大量殺人に魅了される若者たちを描いたデリーロは「世界がメディアによってヴァーチャルにつながっていく」ことの闇の側面に視線を向けている。コンピュータ上での兵器実験に携わるニックの弟・マッティーは、その視線を具現化した登場人物であろう。

だが、本作の大きな特徴は、ヴァーチャル=(非現実)化という一種の「非物質」への流れとともに、大量消費文明の必然として「非現実化」されえない「物質」の逆襲にも焦点が当てられていることであろう。すなわち、ゴミ。
本書の登場人物の中で唯一、一人称で登場するニックは、廃棄物処理に携わり、ゴミの分別に憑かれ、ゴミを神格化している。そんな彼が、マンハッタンのビル群を前にして、こう語る。
――「このビルがせんぶ粉々に崩壊するのが目に浮かびませんか」
「それがこのビル群の正しいビル群の正しい見方なんだと思いませんか」――

このセリフを読む者の多くの脳裏に去来するシーンは?