職人が究めたおでんの哲学 浅草『お多福』

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写真は入り口すぐのカウンター席。老舗ながらの活気ある情緒に満ちている
おでんの語源は、田楽である。当初は串に刺した豆腐を味噌で煮込んだものが主流で鮨、天ぷら、そばなどと同じく江戸時代に流行した屋台料理であったという。そして時は流れ現在、家庭料理として、またコンビニで気軽に食べれるわが国のソウルフードして親しまれているおでんだが、大阪から移り住み大正4年(1915年)より浅草の地で創業し関東大震災、大戦災と日本史と供に歩み、先代が生み出した味と伝統を親より子、子より孫へと伝えるおでんを提供しているのが『お多福』だ。

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煮えるおでんの湯気が食欲を誘う。写真は店主・舩大工栄氏
地下鉄日比谷線・入谷駅から言問通りを浅草寺方面へ歩いて10分ほど。「はて、道を間違えたか」と思い始めた頃に木々が生い茂る小さな神社を思わせる一軒、通りから石畳が敷かれた奥を覗くとポツンと提灯の灯りが見える。15席ほどのカウンターと奥の小上がり、さらに上階にも小上がりを設える大体な造りを仕切るのは店主・舩大工栄氏。総座席数60に及ぶにも関わらず常連や家族連れ、それに遠方からの予約が引きもきらないというから恐れ入る。

カウンターならそのままアツアツのタネが皿へ。小上がりの客には、たっぷりと出汁を含んだタネたちの中から注文品のみ別容器に入れて持って行く。温かいおでんが戴けるようにと、各テーブルにはコンロが設けられ、カツオと昆布の出汁の入った鍋がそこに置かれるのである。さらにその都度、出汁が追加される気配りよう。料理人の仕事に成長から円熟までの人生があるとすれば戦前、戦後の動乱期をおでんというシンプルな料理で乗り切り今に伝える同店は、継ぎ足しの出汁と供に95年の歳月をかけて築き上げてきた"伝統"を味わいにしている。