テクノと言えばYMO

先生:
Perfumeがアルバム、シングルでチャート1位となるたびに、YMO以来とかYMOでも成しえなかったとか比較されるまでになってきましたね。一部、それは言いすぎだ、Perfumeをテクノ(ここでのテクノはテクノポップと解釈してください!)というのは如何なものか的な意見もありますが、僕はどうぞYMOを引き合いに出してくださいという立場です。

博士:
テクノといえばYMO・・・こんな当たり前な事がここ十数年はマイノリティーでした。先生が今わざわざ注釈したように、テクノの称号は近年もっぱらクラブやレイブ・カルチャー系の代名詞であり、YMOを引き合いに出す場合、テクノポップだのと言い換えなくてはなりませんでした。また、我々の様なちょっと捻くれた連中が好きな対象として、ある種逆説的にアナクロの代名詞として扱われたのも事実です。 それが最近、決してシャレでも狙いでもなく再び大通りを歩き始めた訳です。

先生:
YMOの方々は根っからのミュージシャンでもありますが、YMOというのは音楽グループを超える存在でしたもんね。スタンス、ファッション、発言、いろんな意味で。アイドルの本来の定義からすれば、アイドルでしょう。

テクノは日本の心

博士:
ビートルズ世代に乗り遅れた我々世代としては、リアルタイムに“オレ達の音楽”と呼べる音楽を模索していました。そんな時登場したのがYMOでした。 YMOの登場はカッコよかったですよ!!

いきなりのワールドツアー。欧米人が戸惑う中国人との混乱をわざとやるような想定。膨大な機材。かと思うとベンチャーズみたいなシンプルなメロディー。なめてかかると圧倒的な演奏力。渡辺香津美も矢野顕子も元はジャズの人ですからテクはハンパ無いですよね。そして仕切ってるのが当時はフォーク系のメロディーメーカーという印象が強かった細野晴臣。民族音楽に傾倒していた頃で、むしろ非常に東洋的な存在感を放っていた頃です。 まったく人を食っている。というかすべてが想定外。

当時カッコよいと思われていた事、東洋人として到達し得ないある種欧米のコンプレックス、それらをすべてリセットしてしまいました。日本の音楽が初めて世界に正面から挑んだ快挙~ゲイシャやサムライといったステレオタイプなイメージから“電子大国”という新しいモデルとしての日本を印象つけました。YMOこそが当時の日本の文化そのものだったように思います。 やがて訪れる好景気を前に日本人としての自信も克己してくれました。

先生:
YMOが日本の文化であれば、Perfumeも然りだと。

博士:
日本人の固有の勤勉さ、個性の無さ、表情の乏しさ、かっこ悪さみたいなものを含めて、それらがむしろ美徳となる音楽ジャンル・・・それこそテクノだと思います。

先生:
まるで、テクノは演歌と並ぶ日本の心。JERO君にも教えてあげたいですね。そう言えば、杏里が出ていたMusic Fairで多少毒づくあ~ちゃん、かしゆかに対し、とっても礼儀正しいJERO君が印象的でした。