電子楽器との出会い

――シンセサイザーを初めとする電子楽器に興味をもったのは中学生の頃らしいですが、どこに惹かれたのでしょうか?

中1の頃でしょうか、音楽の授業で「電子音楽、シンセサイザーというものがある、たとえばこういう音楽のことです」ということで、富田勳、喜多郎、それと、なんか実験音楽みたいなものを聴いたんです。それが自覚して聴いたのが初めてかと思います。シンセサイザーとは、いままで聴いた事の無いいろんな音が出るものなんだ、とそのときは思いました。それまでは、電子音楽というとよくわからない音楽(今から思うとミュージックコンクレート的なもの)を作るものだ、と思っていたのですが、普通の音楽(音階やアンサンブルのある音楽)も作れるんだな、と思いました。そして、その音色に強く興味を持ったように思います。

――電子楽器音楽としてはどのようなものを聴かれていたのでしょうか? 当時は、YMOブームの最中で、日本でもテクノ~ニューウェイヴな気分だったと思いますが。

時期的には中学~高校時代ですが、やはりYMOは聴いていましたが、そういう系統では一風堂やJapanとかの方が多く聴いていたように思います。メロディーやアレンジより、音色、そしてミックスに興味があったので。また、どちらかと言うと、鍵盤をガンガン弾くというのにはあまり興味が向きませんでした。

Kraftwerk、Ultravox(ちょうど、アルバム『Computer World』や『エデンの嵐』が出た頃だったと思います。一風堂の『Radio Fantasy』、Japanの『Tin Drum』の影響はかなり大きいです。)、そしてCabaret Voltaireなどの過渡期であったインダストリアル系を聴くようになりました。とにかく新しい音が聴きたかったという感じでしょうか。カットアップという考え方や、音楽からいろんなものをそぎ落とせばリズムだけが残るというような考え方にも共鳴しました。

David Bowie、Eno、King Crimsonをちゃんと聴き始めたのもこの頃だったと思います。逆にDevoとかは聴いていないんです。どちらかといえば内面へ向かう方向の音楽が好きでした。それからMTVも日本で始まった頃で、Bowieの『Ashes To Ashes』のビデオには衝撃を受けました。音と映像、ストーリーも完璧でカッコよすぎ!と思いました。Enoとデビッドバーンの『Bush of Ghosts』も出た頃で、Enoには音階とか関係ないとか、結構無理やりでも大丈夫(?)と言うことを習った感じがします。