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――でも、その後に『THE GEISHA GIRLS SHOW』とかやってられますよね。

教授も嫌いじゃないでしょうね。豊かな人はユーモアーがあるから、でYMOがスーパースターになって、僕等も近寄りがたい感じもあったけど、いっしょにコントなんかを作り始めたりすると、みんなほんとふざけるの好きなんですね。当時、お互いがお互いを見ている視点というのも、みんな勝手な勘違いがてんこもりで、そこがおかしかったので、そのズレが、とんでもない形で出たのが、スネークマン・ショーが終局に向かうきっかけになった悲惨な武道館ですね。

――『増殖』のギャグは、昔のラジオねたの使いまわしもあるんですよね。でも、そのわりに僕達が『増殖』から聴いているからかもしれないですが、このギャグの後はこの曲、この曲のあとはこのギャグという感じでギャグとYMOの曲が妙につながるんです。その辺は、YMOの曲とつなぐために、ギャグの方を新たに加工したというのはあるんですか?

最終的には個人的な作業になってしまいましたね。相談するというよりも、変につっぱってましたね。それと当時流行始めていたフュージョン・ミュージックが私はそんな好きじゃなかったんですね、だから。YMOも自分の中ではそんな範疇に入っていたので…僕は。細野さんや、それぞれの個人の作品は好きだったんですけど。で、選曲の提案をさせて頂いたり…。

――それは、YMOがもう売れちゃっていたという事もあるんですか?

なんかこう、基本的に海外のものしか聴いていなかったじゃないですか、海外のものを聴いている基準でしか聴いていないので、日本のグループがいいと言っても、自分の中で偏見があると言うか、どうしても比べちゃうと、「そうは言ってもさ…」というのが自分の中にあって、たぶん、かなり悪い先入観があったと思うんですけど。で、スネークマン・ショーをやるに当たって、自分なりに選曲して、こういうのがいいと思うと選んだんですね。

例えば、『ごきげんいかが1・2・3』は、ブロンディーの曲*の影響? あれなんかも、自分が選んだものですね。あと、当時好きだったツートーンとかスペシャルズ(写真は『THE SPECIALS』)とか…ニューウェイブに強い影響を受けましたね。彼等もYMOというパブリック・イメージから脱皮したかった、バカやりたかったんだと思うんですね。わりと、こちらからこういう風にというのを受け入れてくださって、スネークマン・ショーのラジオ番組のような構造をもったYMOを作ってくださったんですね。
*『Rapture』でないかと推測しています。

あの『増殖』は、皆さんのクリエイティヴィティで、僕はその「増殖」という言葉には、関与していないですね。ただ、構成だけやらせて頂いて、皆さんのこれがいい、あれがいいという話の中から、それで最終的には、もう一回取り直すものも出てきたり、どうしても、原盤がアルファになっているという事から。こちらも歩み寄りながら、提案しながらということでやっていったと思います。


これで、第2回は終了。第3回『ホテル・ニュー越谷』へと続きます。あいてて、よかった。

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