音色と音量、そして歌心
トロンボーンという楽器はコントロールの難しい楽器だ。トランペットのようにマウスピースを用い、スライド操作で音程をコントロールするトロンボーンは、フルトーンでピッチを安定させることが極めて難しい。だから、二流以下のトロンボーンのソロは、どうしてもボソボソと、盛り上がらないものになりがちだ。『ファイブ・スポット・アフター・ダーク・トミー・イン・ニューヨーク 』をCDプレイヤーに載せ、一曲目「スピシアーナ」がかかった瞬間、そんな不安は雲散霧消する。朗々と、また豪放に、2本のトロンボーンがうなりをあげてテーマを奏で、やがて、ベテラン、ワイクリフ・ゴードンとTommyの間で掛け合いがはじまる。テナー・マッドネスならぬ、テナートロンボーン・マッドネスである。
ワイクリフ・ゴードンは、知る人ぞ知る実力派で、来日回数は少ないがウイントン・マルサリスのコンボなどで活躍し、ジュリアードの教授も勤める知性派トロンボーニストである。
その彼をして、「スピシアーナ」の1テイク目が終わった瞬間、「One more!」と言わしめたというエピソードを、プロデューサーの木全信氏が語っている。ここまで吹けるやつだとは思わなかった、ということだ。演奏を聴いた瞬間のことをワイクリフはこう語っていたという。「こんなに吹けるトロンボーンに出会ったのは初めてだ。こんな無名の素晴らしい日本人がいるのを初めて知ったよ。日本のジャズもあなどれないね」
「スピシアーナ」でのトロンボーンバトルを聴けば、Tommyがどのようなトロンボーン吹きなのかはおおむねわかる。名刺代わり、といった趣のテイクとなっている。知的に、クールに、さまざまな技巧を見せるワイクリフに対し、ボリューム感と響きの美しさを兼ね備えたナチュラルトーンで、正統派のフレーズを歌わせるTommy。また、ブルージーなフレーズはどこまでも「歌う」、関西らしさも見せる。そんなTommyの真骨頂を楽しめる。
聴いているだけで幸せになれるアルバムは何枚あるだろうか
タイトルチューンである「Five Spot After Dark」は、カーティス・フラーの名演で有名な、トロンボーン奏者必修の一曲。本テイクではビクター・ゴーイングのサックスの後、Tommyがブルース魂あふれるソロを披露する。「深海魚の夢」と「Barefoot Neighborhood」はTommyのオリジナル。深海魚~はボッサナンバーで、このテイクではピアノのジョージ・ケイブルスの美しいピアノソロが印象的。本作では全般的に、ケイブルスのピアノが切れており、ひとつの聴き所だ。
Tommyの歌心については、スタンダードナンバーである「My Funny Valentine」「Body and Soul」「The Shadow of Your Smile」などのテーマ処理を聴けば、充分に堪能できることだろう。これほど「歌う」トロンボーン奏者はまれだ。
実はガイドは、Tommyが大学在学中に作ったジャズ研究会に、彼の卒業後に参加していたというご縁を持っている。だから、もしかすると、私の批評には「身びいき」があるかもしれないし、それは読者に判断をゆだねるしかない。
そのうえであえて書くのだが、このアルバムは私の愛聴盤になりそうだ。聴いているだけで幸せな気分になる新作ジャズアルバムなど、それほど多くはないのだから。
【アルバムデータ】
●曲目
1.Spiciana
2.Five Spot After Dark
3.深海魚の夢
4.My Funny Valentine
5.川崎リターン・ブルース
6.Body and Soul
7.Barefoot Neighborhood
8.The Shadow of Your Smile
9.A Change Is Gonna Come
●パーソネル
Tommy(Trb)
ワイクリフ・ゴードン(Trb)
ビクター・ゴーインズ(TS)
ジョージ・ケイブルス(P)
ジェラルド・キャノン(B)
ウィリー・ジョーンズIII世(Ds)
井上智(G)
敦賀明子(Org)
エリック・ジョンソン(G)
バーナード・パーディー(Ds)
2007年4月ニューヨークにてレコーディング
Tommy公式ホームページ:Tommyの部屋