ジャズの枠組みを超え、21世紀の音楽を牽引する大器
■第2位:上原ひろみ『Spiral』上原ひろみ『Spiral』 2005年10月発表の上原ひろみ(p)の最新作(2005年11月現在)。四部構成の大作を盛り込むなど、構築的な作品となった本作ではコンポーザー・アレンジャーとしての上原ひろみの可能性を楽しむことができる。 |
別項(上原ひろみ(p)の衝撃を体感せよ!)でも書いたが、彼女のデビュー3作目にして最新作の『Spiral』は、前作・前々作とは「違う」という印象が非常に強い。その違いを象徴的に示しているのが、(2)~(5)に4楽章構成で収録された「ミュージック・フォー・スリー・ピース・オーケストラ」だろう。
上原自身のライナーノーツによると、「ミュージック・フォー・スリー・ピース・オーケストラ」では「3人で演奏する音で、オーケストラのような音楽を作りたかったい」と考えていたということだが、実際、ピアノ・トリオという形式が持つ可能性を限界まで追求するという意味では、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのトリオ演奏の濃厚さすら感じさせてくれた。そこでは上原ひろみと同程度にベースのトニー・グレイ、ドラムのマーティン・ヴァリホラが存在感を示しており、このことはこれまでの2枚のアルバムではほとんど見られなかった点である。
ただ、このアルバムを最初に聴いたときの私の印象は今ひとつだった。そこには、まず、近年のレコーディング技術の進歩によってもたらされる懐疑があった。確かにこの組曲はすごい。けれど、この3人は本当にライブでこれを、同じテンションで演奏できるのか、という疑問。もっといえば、この録音は、本当に一発録りだったのか、という勘ぐり。
同じ30分の演奏といっても、32小節の曲で、アドリヴを延々と回すのとはワケが違う。クラシックの組曲と同じような壮大さをジャズのライブで出していくためには、その都度生じた出来事=音に反応するセンシティヴさと、30~40分以上も続く作品すべてが常に「聴こえている」ような楽曲に対する支配力を両立させる力量が、メンバー全員に備わっていなければならない。
しかし、この疑念は、今回のSPIRALツアーを実際に聴いて、雲散霧消した。アルバムを再現、どころではない。比べものにならないくらい、ライブの「ミュージック・フォー・スリー・ピース・オーケストラ」は良かったのである。ライブの興奮さめやらぬ今の私は「21世紀の音楽を牽引していくのはこの人たちだ!」とすら感じている。
ただ、この事実は、上原ひろみという人の真価がライブパフォーマンスにあるということを意味する一方で、彼女のレコード制作の技量が(ライブパフォーマンスほどには)成熟していない、ということを意味している。もし今後、彼女が「レコード産業」の世界で成功しようとするならば、もう少し自らのその魅力をレコードという媒体に封じ込めるための工夫や技量が求められることになるということだと思う。
言うまでもないが、個人的に私は、ライブパフォーマンスを大事にする彼女の姿勢を支持したいと思っている。レコードそのものの出来が悪いわけでは決してないし、ライブに行き、彼らのパフォーマンスを知る人たちにとっては、(ライブでの印象が行間を埋めることもあって)十分に楽しめるアルバムだ。
願わくば、この作品が「初期の作品」として紹介されるような存在に上り詰めて欲しい。彼女の姿勢、勢い、才能のすべてに期待したい。
●曲目リスト
1.スパイラル
2.ミュージック・フォー・スリー-ピース-オーケストラ:オープン・ドア/チューニング/プロローグ
3.ミュージック・フォー・スリー-ピース-オーケストラ:デジャヴ
4.ミュージック・フォー・スリー-ピース-オーケストラ:リヴァース
5.ミュージック・フォー・スリー-ピース-オーケストラ:エッジ
6.古城、川のほとり、深い森の中
7.ラヴ・アンド・ラフター
8.リターン・オブ・カンフー・ワールド・チャンピオン
9.ビッグ・チル (ボーナス・トラック)
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上原ひろみofficialsite
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さていよいよ第1位……音楽活動はもちろん、著作業でも大活躍のあの人の作品です!