義経一行は知盛の言葉を信じたふりをして船出する。その直後、知盛は船宿の主人・銀平から、平知盛の亡霊へと変貌する。知盛は、この日のために白装束に髑髏のついた鉢巻のユニフォームを用意しており、家来ともども身に付ける。「幽霊のふりをして義経を襲う」など、実に”芝居がかった”設定で、ちょっぴりメタシアトリカル。
だが、安徳帝の乳母・典侍の局が神棚に灯りをともした瞬間、舞台の空気がガラッと変わるのだ。ここに本当に知盛の亡霊が現れた、そんなゾクッとさせるものが立ち込める。そしてこの後は、お安は安徳帝に、銀平女房・お柳も典侍の局に、銀平も知盛へと本性を現す。前回は勝ったけど、今回は義経、負けるかもと思わせる気合が漂う。
だが結果として、知盛たちは再び義経に負けるのだ。それはそうだろう、知盛のネタはとうに見破られているのだから。知盛たちは白装束を血に染め、折矢をつけ再び姿を現す。亡霊どころか、生々しい血の着いた人間・知盛がそこにいる。
ここからの知盛がまた凄い。義経に安徳帝を任せた後、清盛以来の平家の悪業の責めを一身に背負ったかのように、巨大な碇をつけた縄を身に巻きつけ、碇を重量挙げのように持ち上げたかと思うと、その碇を海中に投げ込む。縄はどんどん解かれて海へ引き込まれていく。
知盛は両手を固く合わせ、最期のその瞬間まで執念の虜となっている。その姿は舞台上の巨大な岩の上の知盛のそこだけ、炎に包まれているように見えることがある。そしてついに縄で体をとられ、背中から仰向けにそっくり返って投身する。これは背ギバという立ち回りの形のひとつだそうだ。
義経は頼朝から、「なぜ知盛、維盛、教経は本物の首が見つからないのだ」と嫌疑をかけられているにも関わらず、知盛を捕縛して首討つことはしない。知盛は碇と共に永遠に海中にある。『平家物語』の中の設定に矛盾がないように、スーッと物語の中に戻って収まっていく。
幕外で弁慶がほら貝を吹く。このシーンはなかなかに感動的だ。ちょっと軽率な弁慶だったけど、同じ時代に生まれ戦った者同士、鎮魂の気持ちを捧げたのだろう。観客は、この壮絶な生を閉じたばかりの一人の男にただただ心奪われている。だからこのほら貝を吹く弁慶に自然に共感してしまうのだ。そしてまた、残される義経たちをも、いろいろ辛い事態が待ち構えていることを知っているから、余計にずしりと響く。