仁佐衛門の与三郎に、玉三郎のお富。なんてまあ美しいんでしょう。
歌舞伎座3月の夜の部最後の演目は「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」江戸時代のボーイミーツガール物語です。木更津の浜辺で出会ういい男といい女。
片岡仁左衛門(松嶋屋・まつしまや)と、坂東玉三郎(大和屋・やまとや)の顔合わせです。
松嶋屋ふんする与三郎は、江戸の老舗・伊豆屋の養子。家督を実子の弟に譲ろうと遊蕩にふけっているというドラマチックな設定です。
一方大和屋ふんするお富は、元芸者で現千葉県の親分の妾。これまた気散じで浜遊び。
ふと、ぶつかる肩と肩。触れ合う指と指。運命の出会いです。
ここでお富の台詞、「いい景色だねえ」。
むろん海岸のことだけを言っているのではありません。与三郎のいる景色のことでしょう。与三郎の顔つきのことでしょう。でも、いい男がいる風景をこんなふうにズバッと言いきってしまうなんざなかなか。さすが親分の思われ者。
一方の与三郎も、お富に見とれて羽織を落としてしまいます。かわいいといえばかわいいですが、ちょっと純情過ぎ・・。
ここではお富に「技あり」といたしましょう。
与三郎は遊び人とはいえ、いいとこのボンボン。伊豆屋に出入りする鳶頭が何かと世話を焼いてやるんですが、これがまた忠義なヤツです。実家で心配している親御の代わりに手紙を届けてやったり、落とした羽織を着せてやったり。
与三郎の親御と鳶頭との信頼関係や、もちろん与三郎との信頼関係の深さがわかります。こういう「出入り業者」という第三者が、ストーリーや背景を客にそれとなく知らせる重要な役どころというのも歌舞伎の面白さの一つという気がします。
またこの芝居には現代ではお目にかかれないいろいろな職業が登場します。「貝ひろい」「茶屋女」「お針女」「噺家」・・・。噺家はむろん今でもありますが、遊興の席に呼ばれて芸を披露するエンターテイナーだったというのがよく分かります。
この「木更津」の幕の初めで、いわば海の家のような店の店員「茶屋女」が店を留守にしなければならない用事ができます。その際、客の与三郎と鳶頭に留守を頼む。昔はよく見られた光景かもしれません。でもいまではなかなかお目にかかれないでしょう。客と店員との信頼関係(むろん大店の若旦那だからよもや変な真似はすまいと茶屋女は思ったかもしれませんが)にも、なんだかしっとりといい感じの空気が流れ、観ている方もいい気分です。
今回は「赤間別荘」の場が珍しく上演されます。この場があると、与三郎とお富の密会、そして与三郎の傷とお富の身投げの様子がよく分かるという仕組み。ゴールデンコンビの息のあった艶っぽい場面です。なんだか他人の情事を覗き見しているような、してはいけないような、したいような・・・。
後に与三郎は「源氏店」の幕でお富に再会。いろいろな因縁あって別れた後での再会! 「しがねえ恋の情が仇」とか「いやさお富、久しぶりだなあ」と、とにかく与三郎はお富に因縁をつけたい。文句を言いたい。
「なぜあの時おまえは裏切った?」。「俺を愛していると、親分よりも愛しているといったじゃあないか」とこんな気持ちでしょうか。
でもその調子はまるですねた子供のよう。愛想を尽かしたいのに、会えばやっぱりいい女のお富。
「相変わらずいい女だなあ」と言いたいのに悪態をつく自分。そのギャップに苦しむ自分の姿。頬に傷。すねた与三郎、かわいい与三郎。母性本能くすぐる与三郎は、仁左衛門の端正で甘いルックスにピッタリです。
お富だって強気な振りをしながらも嫌いで別れたわけじゃない。自分を助けてくれた多左衛門への恩義もあり、でも与三郎の誤解を解きたい気持ちもあり。さて二人の恋の行方は?
幕末の江戸の様々な風俗を見せてくれるという点でも見所多い一幕。でもやはり一番の見所は、お富の湯上りの薄化粧の様子でしょうか。粋で色っぽい、ちょっと鉄火な女の日常に、芝居を通してタイムスリップしてしまいます。
美しく若い男女の出会いと、密会と、痴話げんかと、二人の悪態。
たっぷり堪能いたしましょう。
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