「無責任男」が憧れられるのは世の常?
高田純次「適当論」(税込735円) 「興味のない人も、せめて5冊は買ってほしい」と帯でもぼける |
そんな、ストレス過多な我々が憧れてしまうのは、世の中をテキトーにスイスイと泳いでみせる高田純次その人です。「責任なんて放り出して、あんなにテキトーに生きてみたい」「日ごろ言えないことを、ああやってサラっと口にしてみたい」。ストレスに悩む社会人なら、1度ならず考えたことがあるはずしょう。
「いやいや、ああ見えて彼も実は苦労人なんだよ」「水面上を優雅に泳ぐ白鳥が、水面下では必死に脚をバタつかせてるようなもの」なんて、変にフォローするひとも中にはいるようですが。はっきり言って、見てるほうにとってはそんな事、どうだっていいんです! テレビで無責任な言動を繰り返す高田純次。それが全てなのだから。
「元祖無責任男」と比べてみると……
歴史を遡ると、1960年代の高度成長期、今の高田純次と同じような人気を獲得していた人に、クレージーキャッツの植木等がいました。最近はテレビでその姿を見る機会が減ってきましたが、数年前までは渋い演技でドラマを引き立てていたロマンスグレーのあの方です。若い方はご存じないかもしれませんが、あの人こそ映画「無責任シリーズ」で一世を風靡した、ある意味「昭和のヒーロー」でした。モーレツ社員がもてはやされた社会で、日ごろの憂さ(当時「ストレス」という言葉は、あまり広まっていませんでした)を晴らすために、サラリーマン達は映画館で無責任男の雄姿を見て、腹を抱えていたのでした。
加えてテレビでは、これも昭和を代表する人気バラエティ「しゃぼん玉ホリデー」で「お呼びでない」というギャグを武器に、植木等の無責任な魅力は日本中に振りまかれていました。こう書くと、今の高田純次とほとんど変わらないように見えるかもしれませんが、実はこの2人には大きな違いがありました。