米国ではリタリンと言えば「多動の子ども」

米国では、リタリンはADHD(注意欠陥多動障害)と診断された子どもに対し、広く一般的に処方される薬の代名詞でした。集中することができない、一つのことをやり遂げることが困難であるなどの症状が特徴とされるADHDは、抑制をつかさどる前頭葉の働きが鈍くなる脳障害のひとつと考えられています。

1990年にThe Individuals with Disabilities Education Act(IDEA)という法律が制定され、それを受けた中央政府教育局が翌1991年に「ADHDありと診断された子どもは特殊教育を受ける資格がある」という通達を出しました。これは米国の教育現場に非常に大きな変化をもたらします。

この通達により、学校はADHD児を新たに一人見つけるたびに年間400ドルの追加交付金を受けることができるようになるのです。もともとADHDが疑われる子どもは、例えば授業中に騒ぐ、言うことを聴かないなど、教師にとって「やりにくい」「統制の利かない」男子に多く、そのようなタイプの子どもに学校が安易にADHDのレッテルを貼って新たに交付金を受ける例が続出。結果として米国では学齢期の子どもにADHD児が激増するという事態が起きてしまいました。

そして当時、ADHD治療の決定打としてリタリンの効果が礼賛され、米国のリタリン消費量は1990年から1995年までの6年間で6倍に膨れ上がりました。

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