能率手帳
来年で60周年を迎える「能率手帳」
能率手帳がこの世に生まれたのは1949年。その当時、手帳と言えば、備忘録的な存在でしかなかった。その手帳に時間目盛りを入れて、スケジュール帳を日本で初めて作ったのが実はこの能率手帳だった。

この手帳をつくり出した日本能率協会はそもそも手帳メーカーではない。

1942年に創立された日本能率協会は戦後の日本復興のために作られた団体。主に工場における生産性、能率向上に向けた経営アドバイスを行っていた。今で言う経営コンサルティングをこの頃から行っていたのだろう。その生産性を高めるために考えられたのが、時間目盛りを付けた能率手帳だった。以来数多くの人たちに愛用され、来年で60周年を迎える。当時からほとんど変わることなく、今なお手帳の定番として君臨している。この「能率手帳」の魅力とは一体なんだろうか。その秘密を探るべく生産工場に取材に行ってきた。

能率手帳を影で支える手帳専門工場

「能率手帳」誕生当初から生産を一手に引き受けている新寿堂。新寿堂は手帳を専門にしているメーカーである。今では能率手帳以外の様々な手帳も手がけており、業界ではその名を知らないものはいない。一例を挙げれば、生徒手帳も全国校長協会からの依頼を受け、新寿堂が初めて作ったのだと言う。
能率手帳の生産工場 新寿堂
フル稼働していた能率手帳の生産を一手に引き受けている新寿堂の工場

私が訪ねた9月末はまさに手帳生産のピーク時だった。この新寿堂の工場では印刷と製本の両方が行われている。特に手帳の印刷は特殊な技術を要するので、多くの手帳工場では製本だけを行い、印刷は別の専門工場で行うことが多いという。というのもノートや本に比べ、手帳の紙は薄く、そこに細かな文字や罫線を正確に印刷しなくてはならないという難しさがあるからだ。

ご存知の方も多いと思うが、能率手帳の紙には、日本能率協会オリジナルの特抄きのものが使われている。その生産は別の製紙会社で行われているのだが、新寿堂では製紙工場まで毎年わざわざ足を運んでチェックしているという。紙を作る時期や配合ひとつでその出来は大きく変わってしまう。ひいては、この紙のクオリティ管理ひとつで手帳の善し悪しが決まってしまう。そこで、わざわざ出向いてチェックしているのだそうだ。

そうした能率手帳への関わりの深さを示すように、すべての能率手帳の巻末には、「調製:新寿堂」と明記されている。手帳に生産工場の名が記載されているというのは、かなり珍しい。それだけ両社の信頼関係が深いということなのだろう。