手縫いのこと
天井が高いせいか、店内は明るいです。作業用のテーブルも白木を使っていて、なんか気持ちいい空間です。アンティークでいっぱいのテーラー&カッターとは対照的ですね。 |
ミシン縫いに比べて手縫いだと、糸のテンションを緩く調整しやすいため、糸自体に遊びができる。
そのため体を動かしたり、袖を曲げたときに、ミシン縫いにはない着心地が生まれるようだ。とうぜん手縫いは時間がかかるため量産向きではない。
「手縫いだから人の温もりがある」といった曖昧なことはいいたくない。たとえミシンで縫っていても温もりは感じるものだ。ここで考えなくてはならないのは、手縫いの機能性である。
棚にはぎっしりバンチ(生地の見本帳)が入っています。自然光をうまく店内に取り入れているので、生地の正しい色がわかりやすそう。 |
また彼は生地の厚さや種類によって糸のテンションを変えているという。勘でやっているのではなく、生地の特性を考えて理論的にそうしているのである。
以前、ミラノでアトリエ「サルトリア イプシロン」を構える船橋幸彦氏が帰国している時に、運よく取材する機会があった。
船橋氏が手掛けるスーツも、やはり手縫いなのである。取材中に何度も「甘く優しく縫う」という言葉を耳にした。
フィッシャー、ホーランド&シェリー、ハリソンズ・オブ・エジンバラ。中央が注目したいEUROTEX(ユーロテックス)のバンチ。 |
余談だがイタリアブランドには、まだまだ手縫いのものが多い。
既製品の身近なところではシャツのルイジ・ボレッリやルチアーノ・ロンバルディ、パンツのアンティコ・パンタローネなどが要所手縫いである。
残念ながら日本ブランドでは、靴や鞄以外ほとんど知られていない。
さて、ここで少し補足しておくと、ミシン縫いが劣っているといっているのではない。
サビル・ロウの老舗だってミシン縫いだろうし、もしかしたら手縫いよりも耐久性があるのかもしれない。
あるいは技術力のあるテーラーなら手縫いのようにミシンを操れるとも考えられる。
どちらにしても仕立て職人の考え方の違いや、お店の規模にも関係してくる話だ。
ここでは手縫いを強調しているが、近藤氏にとってみれば、いいスーツをつくるひとつの手段でしかないのだ。