“そこにある”ことの悦び
3.2Lエンジンには8速マルチトロニックオートマチックトランスミッションを組み合わせる |
ドライブに出かけよう。出発の準備が整い、キーを手にしたときから、美しいクーペを持つことの楽しみは始まる。心が先にガレーヂへと向かうのだ。静かに佇んでいるであろう愛車の姿を想像しながら、今日履いてゆく靴を悩む。実用に割り切らないクーペだからこその、何気ない時間の濃さだ。
ガレーヂにて。底冷えが厳しいにも関わらず、ぐるりと周囲を眺めたくなる。クーペというカタチは日によってその表情を変えてくれるからだ。外の天候、空気の澄み具合、出発の時間の違いによって、日々違うラインを浮き立たせてみせる。新たな発見がある。クーペに乗って良かったと思う瞬間だ。
初日、私が感動したラインはノーズからリアへと波打って流れるサイドキャラクターだったが、次の日見つけたのはCピラーの豊潤さであり、また別の日にはドア下部のダイナミックな切れ込みに目を奪われた。
もちろん、ドライブは最初から気分良く始めることができる。新型A5の走りは、一言でいうと“メリハリの効いたしなやかさ”が魅力であり、今までのアウディであれば上級モデル(たとえばA8)でしか味わえなかった乗り味がミッドサイズでも楽しめるようになった。取り回しの良さ、レスポンスの自然さも気分がいい。体によく馴染む。
インテリアの見栄え質感の高さも、オーナーになれば嬉しいポイントだろう。このクラスで今、最も心地いいインテリアかも知れない。デザイン的には決して新しくないが、そこが逆にとても“クルマ”らしく、気分も落ち着く。システムだけが新しくなってクルマに乗る度に緊張したり気持ちが昂ったりしてしまうのも考えものだ。
広いトレッド、長いホイールベース、短いオーバーハング、大径ホイールがスポーティさも演出 |
クーペが似合うのは、やはり都会だ。アウディの場合は特にそう。古さと新しさが混じり合った街の中でこそ、存在が引き立つ。“そこにある”こと(そしてその中に自分がいること)を堪能したならば、今度はクルマへのねぎらいと自らの気分転換を兼ねて、郊外へとノーズを向けようじゃないか。高速道路をクルージングすることがアウディの最も得意とする分野であることを、私は知っているからだ。
クーペはスポーツカーではない。だから、やみくもに誰かを意識することなく、タンタンと自分のペースで走ってゆける。逆にゆったりと走ることで、1人でも多くのドライバーに見て欲しい。そんな気持ちにもなる。
思っていた以上に早く、目的地に着いた。と言っても、別に何をするわけでもない。ただ、地元の何か旨いものにでもありつければそれでいい。パーキングにクルマを停める。革のジャケットを後席から引っ張り出し、羽織る。財布と携帯は持った。ドアをやさしく閉めて、ロックする。5mほど進んで、もう1度振り返る。クーペに乗って良かったと思う瞬間が、またやってきた。
撮影:向後一宏・カーセンサー