“お父さまとお母さまが二人三脚で創り上げた
『育自』と『共育』の賜物”


12月1日、敬宮愛子さまがお生まれになりました。まだ、お目目が開いたお顔は見ることは出来ませんでしたが、本当に整ったかわいらしいお顔でしたね。どんなプリンセスに育っていかれるか今から楽しみですね。

現在の天皇陛下と美智子さまがそうされたのと同じように、皇太子さまと雅子さまもお二人のお考えで、お二人の新しい教育方針で愛子さまを育てていかれることと思いますが、その基となるのは、皇太子さまと雅子さまがご両親からお受けになった教育です。

今回は、雅子さまのお子さま時代のお話を通して、ご両親や幼稚園、学校からお受けになった教育をご紹介したいと思います。

雅子さまは昭和38年12月9日、東京でお生まれになりました。体重3870グラム、身長51センチのとっても元気な赤ちゃんでした。

そして、雅子さまが1歳数ヶ月のとき、お父さまのお仕事の関係でソ連(当時)のモスクワに移られます。

2歳の終わりごろからロシア人の保育園で規則正しい集団生活を送られました。はじめの頃はなれない集団生活と言葉が分からないこともあり、涙を見せられたこともあったそうですが、ロシア語もすぐに上達され、妹さんたちにもロシア語で話し掛けられたり、寝言もロシア語で言われるほどだったそうです。

4歳半の夏、ソ連からアメリカの郊外、リバデールという緑多い街に移り、ご自宅の近所の幼稚園に通われましたが、英語がさっぱりわからず、英語をしゃべらない日々が4ヶ月続きました。

そんなある日のこと、雅子さまは初めて英語を話されます。
“May I go to the bathroom ? ”
「お手洗いに行ってもよろしいですか?」
その日から、それまで英語を話されなかったのがうそのように、英語を次々に話されたそうです。

そして、昭和46年2月、雅子さまが小学校1年生のとき帰国され、区立小学校に通われた後、3年生の時、田園調布雙葉小学校へ編入されました。小学校時代の雅子さまは、本と動物が大好きな女の子でした。

ご自宅でもたくさんの種類の動物を飼われていました。犬、猫、ハムスター、ひよこ、50匹に増えたハツカネズミ、体長20センチのカメレオン、十姉妹、金魚など。

そして、ひよこがニワトリになるところやハツカネズミのお産などを観察され、カメレオンに生きたミミズやハエをエサとして与える体験、大切な生き物が死ぬという体験もされました。

また、6年生の生物部では学校の窓ガラスにぶつかって死んだコジュケイのはくせいを作る体験をされ、卒業文集には獣医さんになりたいと書かれていたそうです。