地主との円満な関係を欠くと借り手はどうなるか
長年の円満な関係なこじらさないこと
それほどまでには至らないにしても、地主との間での円満な関係が失われてしまったことにより、借地人が不幸な事態に陥っている例は数多くあります。
たとえばきっかけとなりやすいのは、更新料の支払いです。土地賃貸借契約における更新料は、法的根拠も無く、支払不要のものである旨、判例も出ています。
これを知って、更新時、地主さんから提示された約150万円の更新料の支払いを拒否した、ある借地人Nさん。「他の借地人さんに対して不公平になる。分割にも応じるので払ってほしい……」という地主さんの呼びかけをも頑なに拒否したのでした。以来、両者の人間関係はすっかり冷え込んでしまったのです。
Nさんと地主が約定していた更新料は、周辺の事例と比べてもおおむね安いといえる程度のものでしたが、約150万円という金額は20年に一度とはいえ、痛い支払いに違いありません。更新期間も一般的な「20年に一度」(木造家屋の場合)。
Nさんの経済状態から見て、支払うのに困るほどの金額ではありませんでした。なお、地代も良心的な金額でした。
過去の更新料不払い有効の判例を盾に、更新料支払いを惜しんだために、地主に疎まれたNさん。その後、借地上の建物の建て替えが必要となったNさんが「建替えを承諾してほしい」と地主に申し入れたところ、まったく相手にされません。「更新料の件で話し合いに応じてくれなかったのに、今度はそちらが話し合いをしたいと言われても、応じられませんよ」と、拒絶されてしまいました。
法律は味方をしてくれても……
このNさんのような場合、それでも建て替えを押し通す道は残されています。裁判所に「非訟事件」として処理してもらう方法がそれです。これによって手続きを踏めば、裁判所が地主の代わりに建て替えや増改築の許可を与えてくれる場合があるのです。裁判所のお墨付きです。借地権者という立場を保護された上で、堂々と着工することが出来ます。借地人が借地借家法に守られている、代表的なケースのひとつです。
但し、これですべてが上手く行くわけではありませんでした。借地人と地主の関係が悪化している場合、実際にこうした例はよくあるのですが、実は、大きな落とし穴があります。
裁判所は建て替えなどを許可してくれても、大抵、借地人は銀行などからの建築資金融資で、大変な苦労をして建築を断念するケースも多々あります。なぜでしょうか?
金融機関はローンを貸し出すための必要書類として、一般的に「借地上の建物に抵当権を設定する承諾書」を地主からもらい、提出するよう借地人に求めます。しかし、そもそも地主が承諾しないため、裁判所に「非訟事件」として処理されている案件です。当の地主が「ハイそうですか」とこれに応じるわけがありません。
裁判所は、「建て替え」には許可を出してくれますが、銀行に提出する「承諾書にハンコを押しなさい」と、地主に命令まではしてくれないのです。
そのため、工事代金をまかなえるだけの十分な現金を持っていなければ、結局、Nさんのような借地人は目的を達成できません。皆さんも、建築のお知らせ看板が長期間雨晒しのまま、さっぱり工事が始まらない現場を見かけることがあると思いますが、そのうちいくつかには、以上のようなケースがおそらく含まれていることでしょう。
こうした理由で、工事が進まない事例はいくつもあるのです。
古い人間関係がベースであることが多い土地の貸し借り
Nさんの事例では、更新料だけでなく、そもそも地代も安かったと申し上げました。坪あたり600円。30坪で月18,000円です。なお、都内含め関東地方では、住宅用地の場合、1ヶ月あたり安くて600円/坪、高い場合でも1200円/坪くらいが実態と言われています。
「安い」と、皆さん思われることでしょう。土地という大きな財産を借りるための賃料がなぜそんなに安いのか?
そもそも、古くから存続する借地の多くは、戦前から戦後の混乱期に至る時期など、家のない家族などに対して良心的な条件で貸し与えられたケースが多く、借地とはそういうものだという考え方が、当時、それらの土地を貸した地主の多くにあったのです。
地主にとっても、自分で建築費を捻出する貸家に比べ、借主が自分で建てる借地(貸地)はより簡単な土地の活用方法でした。また、「貸したものなのだからいつかは返してもらえる」という考えもそこに重なり、そうした結果、多くの土地が権利金も特にとらずに安く貸されていたのです。
加えて言えば、土地の価格そのものが現代のように高額ではなかったことも背景のひとつです。
しかし、その後年月を重ねるにつれ、借地人と地主による土地の権利をめぐる様々な裁判が起こされるようになりました。その中で、借地人有利の判例が次々と出揃いました。
借地人の権利はどんどん強くなっていき、ついには、事実上「一度貸した土地は返ってこない」と言われるまでになったのです。その結果、今は、土地を貸したことを深く後悔している地主や、その子・孫が少なくないのです。
そうした複雑な思いを抱える地主が、更新料や建て替え・増改築の際の承諾金などを、十数年に一度あるかないかのボーナスとして楽しみにしていたり、少ない地代の代わりにあてにしていたりする場合があるのです。
もちろん、すべての地主さんが以上に述べたような人であるわけではありません。ですが、仮にこうした地主さんの土地を借りている場合、借地人は、恵まれた契約内容をしっかりと維持して、円満な形で次世代へ受け継ぐことにつとめるべきでしょう。
地主さんとは上手に、ぜひ良い関係を保つことにつとめたいものです。
実らない議論は避けたいもの
理屈より、円満な人間関係を
一般的には20年ごとの更新で、借地権評価額の5~10%、あるいは更地評価額の3~5%くらいが相場と言われます。ですが、その評価も「路線価をベースにしたものか」、「公示価格か」、「地主の言い値か」などの違いがあって、やはり千差万別といわざるを得ません。
また、建て替え、増改築、譲渡(借地権売却)などの承諾料も同様です。これらの多くは当事者間において個別に取り決めされているケースが多く、なかなかその実態が表に出てきません。
上手な借地人は、年末にはお歳暮を持って挨拶するなど、日頃より地主との円満な関係の維持を心がけています。地代や更新料・承諾料についても、細かい反論をしたり、理論を述べたりするより、自らの経済状態を正直に明かすなどして、それらに充てることの出来る「予算」を先んじて告げ、地主の理解を求めます。
地主さんも理屈で反論されるより、「お願い」をされ、理解を求められた方が感情的にも受け入れやすいものです。実らない議論よりも正直なお願い……、思いのほか交渉をスムーズに進ませるケースが多いようです。
借地人が地主になる場合・自ら権利を手放す場合
何十年間という長期の関係となることが多い、土地賃貸借契約における借地人と地主さん。借地権は、財産として、相続税の対象となるほどの強力な権利です。しかし、たとえ地代が安いなど、一見有利とも思える契約が結ばれている場合でも、やはり借地人は借地人。どれだけ地代を払いつづけても、借りている土地自体を自分の所有とすることはできません。
しかし、地主に納税など何らかの事情が生じて、貸している土地を手放さなければならなくなることも時折起こります。また、世代交代により、次の世代の地主が土地の売却に柔軟になることもあります。そのとき借地人は、いま借りている土地を地主から買い取ることができないか……、検討してみる価値は高いでしょう。
但し、その際も大切なのは円満な交渉です。地主はそんな時、大抵は先祖代々受け継いだ土地を泣く泣く手放そうとしているのです。本心では売却に抵抗を感じています。そうした思いに配慮しながら、話を進めることを忘れてはいけません。
なお、地主が納税のため土地を物納し、「国」が新たな地主になるということもあります。これも土地を手に入れたい借地人にとってはいい機会です。物納され、国が地主になった場合、払い下げ申請すると、借地人は規定の価格で底地を手に入れることができます。
ちなみに地主が一般の個人ではなく、大勢の檀家を抱えたお寺さんや多数の共有者がいる場合など、意思決定に多数の合意が必要な相手である場合は、やはり土地を手放すことへの反対が内部に生じがちです。発言力の強い関係者が地主側にいて、その人が土地売却に反対する場合などとともに、買い取りは難しくなることが多いようです。
また、以上とは逆に、借地人の方が「借地権を手放したい」と考える状況も起こりえます。たとえば、親が亡くなり子供が借地権を受け継いだものの、親の住んでいた借地上の家は空き家となり、子供としてはそれを利用する予定が無い、などのケースです。
そうした場合、地代を払い続ける意味が無くなります。地主に借地権を買い取ってもらう、あるいは地主の承諾を得て第三者へ借地権を譲渡するといったことを検討することになります。
等価交換事業に参加して権利を生かす
さきほど、「借地権は、財産として、相続税の対象となるほどの強力な権利です」と、述べました。そのことをもっとも大きく生かせるみちのひとつが、等価交換事業(共同化事業)への参加です。たとえば、下の図のように、何人かの地主さんの所有権が入り組んだ状態の土地に、借地人Rさんもいて、借地権が設定されている……、という状態を想像してください(図:等価交換事業前)。
借地権の等価交換の一例
ここで、ひとつアイデアが生まれてきます。この土地にかかわる権利者すべてが合意して、持っている権利を金銭換算します。そして、デベロッパーなどの手を借りてこの土地を再開発することにします。その結果、「マンションが建つことになった」としましょう。
しかも、大きな建物となったので、デベロッパーが分譲して利益を上げる分を除いても、少なからぬ数の部屋がまだ残ることとなりました。それら残った各戸の区分所有権を今度は権利者みんなで分けるのです。どんな比率で分けるのか?
答えは簡単です。さきほど金額換算された、各権利者それぞれがこの土地に持っていた権利の割合で、分割するのです。その中にはちゃんと、借地人Rさんが持っていた「借地権」の割合も含まれていることはいうまでもありません。借地権の財産としての価値がここで大いに発揮されたのでした。
その結果、下の図を見てください。これまで地代を払い続けるばかりの借地人だったRさんですが、真新しいマンションの中に自宅を手に入れたほか、借地権との交換で手にした数部屋を賃貸することによって、一躍、大家さんとなることができました(図:等価交換事業後)。
いかがでしょう。こんなストーリーを成立させるためにも、借地人・地主、普段からの円満な関係がとても重要なのです。