ハワイ/ハワイ関連情報

星を頼りに ホクレア号が日本へやってくる(2ページ目)

ポリネシア古来の伝統航海術を再現したカヌー「ホクレア号」が2007年春、日本にやってきます。コンパスを使わず、星や月の位置を頼りに太平洋を渡り、たくさんのアロハ・スピリットと勇気を届ける旅なのです。

森谷 貴子

執筆者:森谷 貴子

ハワイガイド

※ 悪天候のため出航が遅れていたホクレア号ですが、2007年1月11日に無事出航しました。現在の運航状況は、公式日本語ブログ「ホクレア号航海ブログ」でチェックできます。

民族の誇りを復活させたホクレア号の航海

ナイノア・トンプソン
「ホクレア号航海プロジェクト」のリーダーであるナイノア・トンプソン氏
ホクレア号の初航海からプロジェクトの中心的な役割を担ってきた人物が「ナイノア・トンプソン」。記者発表では、ナイノア氏自らホクレア号30年の歴史と日本への航海について語りました。

1975年に完成したホクレア号。しかし、すでにポリネシアには伝統航海術を知る人物が存在しなかったため、当時ミクロネシアで遠洋航海を行っていた航海士「マウ・ピアイルグ」を迎え、航海術を学びます。そして、マウ氏は、翌年の初航海でホクレア号をタヒチまで導くことに成功。これは、ハワイの人々にとって民族の誇り、自尊心を復活させる出来事でした。

しかし、往路の航海中にマウ氏とクルーたちに行き違いが生じ、マウ氏は復路には参加せずプロジェクトを離脱。さらに、1978年の2回目の航海では、クルーとして参加した伝説のサーファー「エディ・アイカウ」を失う悲しい事故(以前メールマガジンでストーリを紹介)を経験したナイノア氏は、マウ氏を探し出し、再び航海術を学びます。

そして1980年、3回目のチャレンジとなるハワイ~タヒチの往復航海では、ナイノア氏が航海長を務めて成功。以後、ニュージーランドやクック諸島などポリネシアの島々へ渡り、航海術の継承や航海士の育成、ポリネシア文化の復興などを行ってきました。
※ ポリネシアの伝統航海術、ホクレア号についての資料は、ハワイの「ビショップ博物館」(プラネタリウムで航海術についての作品を上映)、「ハワイ・マリタイムセンター」に展示されています。


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