沖縄コカコーラ誕生秘話

日本最南端のコカ・コーラ自動販売機は、どこにあるかご存知ですか? では、最西端は? 

アメリカのジョージア州で生まれたコカコーラが日本で販売されようになったのは戦後のことですよね。終戦の翌年、日本から分離された沖縄では、コカコーラの歴史も、本土とは少し違った歩みをたどっています。そこで、コカコーラの歴史を通して、沖縄を振り返ってみましょう。

まずは、冒頭のクイズの答えから。日本最南端のコカコーラ自販機は! 竹富町波照間85番地の「仲底商店」さんです! そして最西端は、与那国町与那国3984-3番地の「与那国ダイビングサービス」さんちの前にあります!

米軍とともに進出するコカコーラ

沖縄コカ・コーラの歴史
戦後の何も無い時期にコカ・コーラが上陸
コカ・コーラが誕生したのは1886年(明治19年)です。アメリカ・ジョージア州のアトランタからアメリカ全土に広がりました。アメリカはコカ・コーラとともにある、といっても言い過ぎではなく、米軍の海外派兵にともない世界へ拡大していきます。

当時、他の飲料メーカーは砂糖の配給などにおいて厳しい規制を受けていたにも関わらず、コカ・コーラだけは特別扱いされていました。すべての大陸にコカ・コーラの瓶詰め工場が建設されていきます。

沖縄コカ・コーラの歴史
コカ・コーラは豊かなアメリカの象徴でした
1941年、太平洋戦争勃発。そして1945年(昭和20年)4月1日、沖縄本島に上陸した米軍は沖縄統治をスタートさせました。同時にコカ・コーラがアメリカ本土から大量に持ち込まれるようになります。本土でも10月には「ザ コカ・コーラ エキスポート コーポレーション(CCEC)」の日本ディビジョン(支社)が横浜に開設され、日本国内6ヶ所にコカ・コーラ工場が建設されます。これらはすべて米軍関係者に供給するためのものです。

沖縄では、終戦の翌1946年1月、アメリカ合衆国の直接統治下に置かれることが確定し、沖縄のコカ・コーラは本土と違う歴史を歩むことになります。壜や炭酸ガスなどは、すべてアメリカからの取り寄せです。アメリカから原液のみ取り寄せ、キューバの砂糖と調合して沖縄の工場でシロップを造るようになったのが1948年です。

こうやって作られたコカ・コーラは米軍関係の売店のみに配送されましたが、正規ルートではない闇ルートを通して民間にも広がっていきました。何しろコカ・コーラはアメリカそのものであり、豊かさの象徴でした。