旅館/宿・旅館関連情報

「旅館再生」の現場から

旅館再生には数年の時間がかかります。その間、コスト削減や新しい事業モデルの確立など様々な改革が進行します。そして、理想の旅館再生の結末とは・・・。

井門 隆夫

執筆者:井門 隆夫

旅館ガイド

資産家を事業家に変える

一本の電話から
一本の電話から、金融再生劇が始まる。

「おたく様の債権(借金回収の権利)を○○銀行様から買わせていただきましたので、今後とも返済をよろしくお願いします」。
そんな電話が皆さんの自宅にかかってきたらどう感じるでしょう。住宅や自動車ローンを置き換えて考えてみてください。収入が減ったため、一時的に返済が滞り、今後の回収の見込みが立たないと感じた場合、お金を貸してくれた銀行が、その債権を債権回収会社にたとえ安価ででも売却して(不良債権を自行のバランスシートから外して)しまった瞬間です。
多くの旅館さん(特に女将さん)は、そんな電話を受けたら、びっくりしておろおろしてしまうものです。でも、これが自らの意思だけでなく周囲の新たな関係者の力を借りながら、数年かけて進めていく金融再生の第一歩であることが多いのです。
でも、ここで、ケンカを売ってしまう血気盛んな社長がいることがあります。銀行には「なんて勝手なことするんだ」、債権回収会社には「何の権利があってそんなこと言うんだ」なんて、そのお気持ちもよくわかります。人生に二度も三度もない再生劇。一度でも自身のプライドが傷つけられたことが何よりも気に食わないのです。でも、ケンカを売ってその後成功した社長は数多くありません。旅館業界でも「金融再生に対応するための経営者向け研修会」などが盛んに行われていますが、金融再生とは周囲の協力を得られて始めて完遂できるものであり、全ての再生がケースバイケース。人と同じモデルなんてあり得ないのです。にもかかわらず、自分の思い通りに全てを動かそうと思ってしまう社長ほど、最後の最後で徹底的に泥水を飲まされてしまいます。まずここで、最初の落伍者が出てしまうのです。特に老舗と呼ばれる地方温泉地の名旅館が陥りやすい場面です。
プライドを捨て、債権者の理解と協力を得ながら再生を進めていく、その手法が、「コスト削減」、「組織の再生」、「売上モデルの改革」による「利益率の向上」です。戦後、経済成長期には、事業目標を「前年比○%アップ」なんてあやふやに決めていた会社も多かったと思いますが、今時、そんなことで収益が改善されるほど世間は甘くありません。旅館業は、事業家というより資産家の家系を引くことが多く、「ご先祖様の土地」という言葉が良く出てきます。「土地」を担保にお金を借りられた時代に立派な建物も建ちました。それが、時代のルール変更により、一気に「二束三文の土地・建物」になってしまい、一転「将来生み出す収益の合計額」により現在価値が割り出されるようになったため、この期に及んで資産家が「事業家」に変身してもらわなくてはならなくなったのです。
そして、収益の出る事業モデルを構築していくのですが、債権回収会社は銀行ではないので新規融資はしてくれません。ノンバンクのお世話になる会社もあるようですが、基本は自力で資金繰りを重ねていくことになります。そこで、問題となるのが、季節や曜日による繁閑。「客足が遠のく時期には手形を切ったり、短期で金を借り、稼げる時期に返済する」という手段が取れなくなり、オフシーズンでも平日でも、キャッシュを稼がねばならなくなったのです。しかし、昭和の時代には主要顧客だった平日の法人団体が激減し、今では旅行会社が売ってくれるのは土曜日の個人客ばかり。何とか、平日を売らねば!。そこで平日を売る新しい事業モデルも生まれてきました。例えば、派手な新聞広告で悠々自適の年金受給者層や主婦層に格安で平日旅行を提供する「募集もの」と呼ばれる手法も、そのひとつでしょう。しかし、その努力の裏側では、消費者の知らない人間模様も繰り広げられています。
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