『シータとのエチュード---愛犬の死を見つめて』 中丸一沙著 発行:透土社 発売:丸善 ¥1500+税 |
著者の中丸さんは、世田谷に住むコンピュータ関連の技術翻訳を仕事にされている方。その中丸さんがジャーマン・シェパードのシータ(メス)との股関節の障害や病気との闘いをつぶさに描いたのが『シータとのエチュード』です。
これは先の『毛むくじゃらの天使』や『ダメ犬グー』とは違って、シータと自分の闘病の記録を、そのときどきの状況から病名、症状、どんな治療を受けたかまでがかなりくわしく書き込まれています。
入院したシータを見舞うシーンの記述。それはつぎのようなものです。
シータは私の姿を認めると、重たそうに、
でも、すぐに立ち上がって鼻面をケージの柵に押しつけてきます。
「ママ、ママ。お家に連れて帰って」
シータの悲痛な声が聞こえてきます。
(中略)
「シータ、ママ来たよ」
私がケージの中に入り込むと、シータが重たそうに立ちあがり、
体を私にすりつけてきます。
耳や喉と言わず、シータの体全体をさすりながら、
「ママがここにいるからね。いつも一緒だからね、シータ」
悪性腫瘍を疑われ一度は絶望の奈落に落とされた中丸さんでしたが、それがたんなる血餅だとわかりひと安心。とてもハッピーなミレニアムイヤーを迎えますが、そんな幸福も長くは続きません。やがてまた肺にがんの影が……。11歳という年齢からして手術は無理との判断から、シータのQOLを考えた中丸さん一家の生活が始まります。
それはこれから自分の愛犬が高齢を迎える飼い主さんにとって、まるでシュミレーションのような記録といえるでしょう。介護グッズの話やプロポリス・アガリクス・サメの軟骨などのサプリメントの話、手づくり食に関する情報、大学病院での診療の実際、終末介護の実際などが克明に描かれていて、不謹慎ですがとても参考になります。読み進みながら涙をこらえることはできませんが、自分の犬のことに置き換えて心の準備ができる、そんな1冊になっています。
2001年1月5日、雪の降る日にシータは永眠します。そこからは中丸さんのペットロスとの闘いの記録。誰とも会いたくない、誰ともしゃべりたくないという中丸さんを励まし勇気づけたのは、まわりの友人たちと夫、そしてシータを看取った獣医さんたちでした。ここで獣医さんたちのやさしい心遣いは、中丸さんをペットロス地獄から救い出すのに大きな力となっています。
そして春。中丸さんが新しい子犬を迎えるところでこの本は終わっています。シータへの思いは今でもくすぶり、ペットロスから完全に立ち直ったわけではありませんが、彼女は新しい命を迎えることで確実に心の安定を取り戻されたようです。それはある意味、わたしたち飼い主を力づけてくれる結末だといえるでしょう。