「片付けられない」理由
ADHDと診断されたAさん(学生)のケースです。Aさんは朝食を食べていました。するとその最中に、フっとあるミュージシャンの名前が浮かびました。
「あのアルバムに入ってたあの曲、何ていうタイトルだっけ?」
たいていの人は、「?」を抱えたまま朝食を食べ続け、そのうち忘れてしまうか、あるいは朝食後あらためて、CDの棚の前に行くかもしれません。
ところがAさんはこの時点でもう、食事のことはすっかり意識からも視界からも消え去っています。次の瞬間にはCD棚の前に駆け寄り、崩れそうになっているいくつもの山から、一生懸命、目当てのCDを探し始めます。後で片付けることなど念頭にありませんから、乱雑に積んだCDをさらに引っ掻き回しながら。
ところがその途中で、以前学校の課題でやりかけていた刺繍が、針も刺さったまま出てきます。
「ああ、この図案、気に入ってたのよね」
もう提出期限はすっかり過ぎているので、いまさら完成させても仕方がありません。それなのにAさんは、その場で刺繍の続きを始めてしまうのです。それが完成したらどうするかなどは一切考えず、とにかくとりかからずにはいられません。
それからしばらくして。電話のベルが鳴ります。刺繍に没頭している彼女には聞こえていません。何度も何度も鳴る電話にようやく気づき、受話器をとると、
「どうしたの? 映画の約束、今日だったよね?」
友達の声に、飛び上がって驚きます。もう、待ち合わせの時間を過ぎている!
平謝りに謝りながら刺繍を投げ捨て、大急ぎで出かける支度を始めるのですが、椅子の背にかけっぱなしの服はどれもシワだらけ、おまけに「財布がない! 鍵がない!」。モノで埋まった部屋からそれらを掘り起こすのは、いつも至難の業なのです。そしてもちろん、食べかけの朝食はテーブルに載ったまま‥‥。
これが、Aさんにとっては「ついてないある日の失敗談」ではなく、「日常そのもの」なのです。Aさんは、子供の頃からこの状態が継続し、決して怠惰でも不真面目でもないのに、どんなに努力しても改善できません。こうした「注意が一箇所に(しか)むかない性質」のため、物事がいっこうに片付かず、約束や締め切りが果たせず、いつも疲れ果て、家の中が散らかっていく一方‥‥。